しゃぼん玉

「待って」

メイはそう言いかけ、やめた。

引き止めて、何を言えばいいのだろう。

リクと恋人になる気なんて持てないのに……。


「じゃあなっ」

リクはいつもの笑顔の中に、他人行儀な色を混ぜて去って行った。

メイはしばらく、その後ろ姿を見送っていた……。


“これで、良かったんだ……”


中学時代、たしかにメイは、リョウのことが好きだった。

あれが、初恋。


リクはリョウと違うタイプだし、単なる幼なじみ。

口うるさいお節介なだけの男。

だからこそ、絶対、恋心なんて持たないと、メイは思っていた。

リョウ以外の人を好きにはならないと決めていた。


だけど、リクがいなくなるのも寂しくて、怖くて、不安だった。


リクがそばにいること。

今までは、メイにとって当たり前の日常だった。

メイが何も言わなくても、リクは彼女のそばにやってきた。

彼は、メイが求める物を先回りして渡してくれた。

それは、食べ物だったり飲み物だったり……。


ただ、それは『幼なじみだったから』であって、恋人という関係になったら、どうなるのか分からない。


『彼氏』という存在を作ったら、男に媚びて生きる淫らな女に成り下がってしまうのだろうか。

実の母·翔子のように……。


理性を失った獣のように、リクもこの体を求めてくるのだろうか。

昔生き別れた、実の父親のように……。

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