しみる恋。
きっぱり言って、彼女は背を向けた。

引き締まった背中が、肩甲骨をあらわにして、さっと雑踏に消えていく。

豊は茫然として、鼻を鳴らした。目からはとめどもなく、涙あふれて。


「知らなかったな……海風って、しみるんだ……」


ひりつく心に、確かな足跡を残して沙穂は去った。

瞼に浮かぶのは、綺麗な黒髪。

けがれのないそれが、彼女の態度とは裏腹になびいて。



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