リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「聞いてないんですか?」
「食い物関係だったら、料理すんのは小杉だから、小杉に言っとけって」
「なんですか、その理屈は。もう」
「なにを食わせてくれるんだよ?」
「来月、牡蠣を送るからって書いてありましたよ」
「牡蠣かあ。旨いの、作ってくれよ。酒は俺が用意してやらあ」

フライもいいし、鍋でもいいなあ。焼いて食っても旨いよな。
締まりのない顔でそんなことをペラペラと喋りだす牧野に、ホントに食いしん坊さんなんだからと明子は笑い出した。

「朝送ってくれた写真が綺麗だったんです。山から見た雲海みたいな写真で。島野さんも、山、登るんですか?」
「あの人は写真が趣味なんだよ。それで登ることはあるみたいだけどな、基本、山登りが趣味ってわけじゃねえらしいぞ」

あんな腹黒なのに、いい写真を撮るだろうと言う牧野に「もう、ホントに口が悪いんだから」と明子は笑って、テーブルの上の携帯電話を手に取った。
朝のメールに添付されてきた写真を牧野に見せると「へえ、綺麗だな」と、牧野も感心したように呟いた。

「海霧、見られたんだな」
「海霧?」
「この時期、条件が揃えば見られるらしいぞ。海からの水蒸気でこんなふうになるらしい。写真撮れるといいなあって、島野さん、向こう行く前に言ってたよ」

島野から島野さんになっている呼称に、どうやら島野への怒りも吹き飛んだらしいと明子は悟った。

「なあ。テレビ、終わっちまったぞ」
「牧野さんが意地悪して見せてくれなかったくせに」
「お前が素直に、牧野さんのほうが格好いいって言わないからだろ」

あんな小僧と比べやがってと明子の頬を引っ張る牧野に、明子は痛いですよと抗議した。

「もう、朝ごはん作ってあげませんよ、おイタばっかりして」
「俺、卵焼きなら作れるぞ」

朝ご飯に反応したのか、唐突にそんなことを言い出す牧野に、明子はそうですかと、あっさりとした声で答えた。

「なんだよー。褒めろよ。なんたかかんとかのバツイチよりすごいだろ。焦がしたりしないぞ。甘くて旨いぞ」

これでもかと得意がる牧野に、なにを張り合っているんだかと、明子は楽しそうにくすくす笑う。

寂しさ埋め合うように、こんなふうに寄り添いあって過ごせる夜が。
これからも、ずっと続いてほしいと、明子は静かに願った。
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