リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「いやいやいや。そちらの若者にこんなおばさんは失礼ですし、そこの毒舌さまは、無理の極みですから」

激しく瞬きを繰り返して、沼田までもがたじろぐその様子に明子は苦笑し、勘弁しろよと吐き捨てる牧野には、それはお互い様ですよと、明子は拳を握った。

「沼田くん。セクハラ訴訟ってどうやって起こせばいいのかしら。それとも、これはパワハラ訴訟にすべきかしら。それとも、名誉毀損?」

割り箸だったら間違いなく折れているだろうというくらいの力強さで、フォークを握り締めている明子に、沼田は首を傾げながら、しどろもどろといった体で答えた。

「そ、それを、聞かれても。僕……あの、法律家じゃないんで、その……」
「法律関係詳しい人、どこかにいないかしら。あ、ネットで調べれば、すぐ判るかもよね」
「あははは。小杉主任。かっこいいねえ。牧野課長相手に拳振り上げて戦う女の子って、ウチの会社じゃ、小杉主任くらいだよ」

松山が楽しそうに、臨戦態勢に入りつつある明子を笑い飛ばして「牧野さんも、いくら気心が知れている同期が相手でも、プライバシーまで晒すような毒舌は、ほどほどにしてあげましょうよ」と言葉を続ける。

「そうですよ。主任の本気の逆襲が始まったら、きっと、本当に、怖いですよ?」

そう言って「くわばらくわばら」と呪文を唱える木村に、私は怨霊かと明子は内心でつっこんだ。
しかし、牧野は木村の言葉を一笑して、涼しい顔で告げた。

「離婚調停で、ドロドロの泥沼に浸ってきた男に、怖いものなんかねーよ」

自虐にもほどがあるだろうと言うその言葉に、さすがの明子も目を見開いて、呆れた顔で牧野を見るしかなかった。


(自分で言うかっ)
(それを!)


向かい側に座っている木村と沼田は、明らかに凍り付いて固まっているという様子だった。
松山だけは「あはは」となんでもないことのようにそれを笑い「牧野課長、楽しい昼休みにしましょうよ」と、声を掛けた。
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