リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
頭の芯に鈍色の鉛が埋まっているような、ズンとくる重だるさが体の中に埋まっていたが、牧野はシャワーを浴びて着替えると、すぐに会社に戻った。
ここで体を横たえてしまったら、起きられる自信がなかった。
休息を欲している体を、強引に引きずるようにして、牧野は会社に向かった。

家を出るとき、固定電話にメッセージが残されていることに気づき、牧野は無意識のうちにそれを再生した。
流れてきた声を聞いて、ますます気鬱になり、朝から重いため息が牧野の口から突いて出た。
そのメッセージを最後まで聞くこともなく消去して、牧野は思い切って留守電の設定そのものを解除した。
普段、なにかあって連絡を取り合わなければならない相手には、携帯電話の番号を知らせてある。
家に掛かってくる電話など、どうせロクなものではないと、いっそ線ごと抜いてしまうかとさえ思ったが、それは思いとどまった。
それでも、うかつにも聞いてしまったメッセージに、牧野の心は苛立ち続け、気がつくと、タバコを一箱ほど吸っていた。

いつもより、少し早い時間に、馴染みのコーヒーショップに牧野は入った。
ドライブスルーのあるその店は、朝七時には開店していることもあり、三年前のオープン時より出社前に立ち寄ることが牧野の日課となった。
牧野とはすっかり顔馴染みとなった、この店では少し年輩の店員から、今日は早いですねとにこやかな笑顔でそう声をかけられて、ようやく、牧野の心の苛立ちも和らいできた。

二人分のドリップコーヒーと、一人分の砂糖入りカフェラテを牧野は注文する。
甘いものが苦手な小林は、コーヒーは常をブラックだが、君島は朝だと甘めの飲み物を好む。

注文しながら、彼らのそんな嗜好まで覚えてしまっている自分に、牧野は思わず苦笑を浮かべた。
この夏、久しぶりの君島の細君、千賀子を交えての飲み会で、千賀子と張り合うようにあれこれと君島の世話を焼いていた自分に、千賀子は「世話焼き女房二号」などという呼び名をつけて、牧野のことを笑っていた。


(確かに……)
(そうかもしれねえ)
(つうかよ。二号は、そっちだろうが)
(なんで、俺が二号なんだよ)
(ありえねーって、それ)


思い出したそれにまた苦笑しながらその胸中で千賀子に対して舌を出し、それから明子のことを牧野は考えた。


(あいつの分も、買っていくか?)


ふと、そんな考えが牧野の頭を過ぎったが、止めた。
それを見た面倒なお嬢様に、また何かと騒がれてはアレも大変だろうしなと、そう牧野は判断した。


(とりあえず、頭は回るな)
(大丈夫そうだ)


自分のその判断によしよしと満足して、牧野は今日も張り切って仕事するかと、自分にそう気合を入れた。
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