高天原異聞 ~女神の言伝~

 耳鳴りが止んだとき、美咲の身体に力が戻った。
 まだ重なっている慎也が、腕をついて突然上半身を起こした。

「くそっ」

 らしからぬ乱暴な物言いに、美咲は驚いて慎也を見る。
 苛立たしげな表情が自分を見下ろしていた。

「何だよこれ。誰かに勝手に身体を使われたような気がする」

「――覚えて、ないの?」

「覚えてない。耳鳴りがしたとこまでしか。美咲さんは覚えてるの?」

「――」

 何と答えていいか咄嗟に迷う。
 だが、勘のいい慎也は、すぐに気づいた。

「俺が知らない間に、美咲さんは俺じゃない俺に抱かれてたんだ」

 返答に、美咲は困る。
 意識はあっても、自分の身体も思うようにはならなかったのだ。
 だが、慎也は不満らしい。
 記憶がないなら、それは自分ではないのだろう。
 そんな別の自分に、美咲が抱かれたのは納得がいかないようだ。

「前世だろうが、神様だろうが、美咲さんに触れていいのは俺だけだ」

「慎也く――」

 言いかけた美咲の唇を塞いで、黙らせる。
 いきなりの深いくちづけに、美咲は驚きながらも今度は応える。
 唇が僅かに離れて、慎也が囁く。

「もう一回。今度は俺が、美咲さんを抱くよ。いい?」

 返事を待たずに再び唇が重なり、両手は達したばかりの敏感な肌を弄る。
 いつもの慎也だ。

 優しいけれど強情で、大人びているのに我儘な。
 今、自分が好きな、人。

 触れる手も、唇も、美咲の知っている慎也に、安堵とともに先ほどまでとは違う確かな喜びがある。
 夢の中のような場所での、夢の続きのような交わりではなく、確かな現実感。

「いいわ……」

 深く優しいキスの合間に短く答え、美咲はそのまま身を任せた。




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