高天原異聞 ~女神の言伝~

 一番いい部屋を宛われて、己貴はいらいらと中を歩き回っていた。
 素菟のせいで、とんだ事になってしまった。
 このままでは八上比売の夫とならねばならなくなる。
 部屋に案内された折りに、兄の穴持を呼んでくるよう頼んだが、来てくれるだろうか。
 不安に駆られ、いっそ自分が往こうと決めた時、扉が開き、穴持が姿を見せた。
 安堵に、己貴は兄へと駆け寄る。

「兄上、救けてください。このままでは私は八上比売を娶らねばならなくなる」

「そのつもりではないのか?」

 感情を抑えたような硬い声音に、己貴は慌てて言い募る。

「そんなつもりは初めからありませぬ。兄上が私の気持ちを一番おわかりでしょう!?」

 己貴は事のいきさつを穴持に語った。
 初めは強ばったように頑なな穴持の表情が、徐々に驚きで緩んでくる。

「なんと……あの素菟が」

「全て誤解なのです。きっと素菟は誤解をそのまま八上比売に告げたのでしょう。だから、目通りをしてもいない私の名を比売が知っていたのです」

 涙を堪えるように穴持を見て、己貴に嫁ぐと言ったのは、そのせいだ。
 己貴は兄の手を握り、告げた。

「兄上、今宵八上比売の寝所へは兄上がお往きください。誤解を解くのです。比売もきっとわかってくださいます」








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