高天原異聞 ~女神の言伝~
不意に、意識が引き戻され、美咲は手の平に乗っている小さき神の穏やかな眼差しに気づいた。
「……夢を、見ていました……」
溜息のような呟きに、小さき神が切なげに頷いた。
「そう。我々は夢なのだ。儚くも過ぎ去った神々の夢。その微睡みが、今の堅州国を支えている」
「微睡みが――?」
「何故、根の堅州国が生まれたのか、それは、貴女様が返られた黄泉国とも深く関わっている」
「黄泉国と、ですか?」
「さよう。地の門を境に、現世《うつしよ》である豊葦原と幽世《かくしよ》である黄泉国が在る。それは生と死、そして、根の堅州国は生と死の狭間、それは微睡みの中の夢なのだ。
根の堅州国は、死を迎えた神々の、そして、死者を統べる黄泉神の休まう処となるべき国のはずであった。女王たる須勢理比売が己貴と去ったことで、それはついぞ叶わなかったが。
己貴が神去り、天孫の日嗣の御子が豊葦原を譲り受けし時、須勢理比売とともに大国主の身内はほとんどが根の堅州国へ神逐《かむやら》いされた。その神々の夢――死せる神々の夢――が、貴女様を喚んだのだ」
「死せる神の休まう国――死せる神々の夢――」
美咲ははっとした。
「根の堅州国には、生きている神々はいないのですか? 須勢理比売は? 須勢理比売の他に神逐《かむやら》いされたという神々は?」
「須勢理比売とその子建御名方、八重事代主の他は、生きている神はおらぬ。それ以外の神は――すでに死の眠りが、彼らを捕らえている。あれは、呪詛なのだ。根の堅州国に足を踏み入れた途端、貴女様を捕らえた神々の思念を覚えていよう?」
「――あの、強い想いが」
「禁厭《まじない》によって、我らは自らを呪詛した。それは、命を懸けた禁厭であったのだ」
「何のために、そうしなければならなかったのですか?」
「それは――言霊より、確かな神言《かむごと》で確かめるがよい」
小さき神が、寂しげに笑んだ。