高天原異聞 ~女神の言伝~

 目を開けると、自分を覗き込んでいる莉子と美里の顔が見えた。

「母上様!!」

 自分の身体に戻ってきた。
 自分を覗き込んでいるのは、莉子と美里の中にいる国津神、久久能智《くくのち》と鳥之石楠船《とりのいわくすぶね》。
 建速《たけはや》の神威が大気を震わせている。
 その神威が向かう先が須勢理比売であるのに気づき、飛び起きるなり、美咲は叫んだ。

「駄目よ、建速!!」

「!?」

 突然かかった声に、建速が驚くが、遅かった。

 神威は放たれた。

 凄まじい勢いで須勢理比売に向かっていく。
 須勢理比売は動かない。
 目を閉じて、父神の神威が自分を殺してくれるのを待っていた。

「須勢理比売!!」

 だが。
 放たれた荒ぶる神の神威を別の神威が受け止めた。




 荒ぶる神の神威が自分に向かってくるのを、目を閉じていても須勢理比売は感じた。
 だが、何故かそれは自分には届かなかった。
 自分を呼ぶ誰かの声がしたが、それ以外、どんな音もしない。
 そっと、目を開ける。
 自分の前に、両手を広げて庇うように立つ男の背中が見えた。

「……」

 有り得ない。
 荒ぶる神の神威を、事代主《ことしろぬし》が受け止めるなど。
 そんなことが出来ようはずもない。

「事代……?」

 須勢理比売は呆然とその名を呼んだ。
 だが、返る言霊はない。

「――」

 神気の揺らめきはない。
 事代主の神威も感じない。
 それなのに。

 なぜ、憑坐が自分を庇う?

 事代主は封じられたはずだ。
 残っているのは、憑坐《よりまし》となったただの、人間のはず。
 記憶も持たぬ只人が、何故自分を護るのだ。

 この人間は――誰だ。

 まさか――

「……己貴、様……?」





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