高天原異聞 ~女神の言伝~

「――」

「美咲さん、降りないの?」

「本当に、大丈夫なの……?」

 高速に乗って約1時間半ほどのアミューズメントパークの駐車場の前で、美咲は降りるのを躊躇っていた。
 まさか、慎也とこんな娯楽施設に来ようとは、思ってもいなかった。
 逢うのはいつだって図書館か自分のアパート。
 年や立場を考えて、自分達は人前に堂々とは出られないのだ。
 自分達が付き合っているのがバレたら、まずいのだから当然だ。
 駐車場には、すでに何台もの車が止められており、それだけで、美咲は不安になる。
 しかも、夏休み最後の週なので、平日とはいえ、結構な盛況ぶりだ。
 誰に会うかもわからないのに降りたくない。
 いっそこのままアパートに引き返したいのが本音だ。

「安心しろ。使える神々は総動員したから完璧だ。知り合いがいても、決してあんた達には気づかん。寧ろ、見知った顔を見たなら、それは国津神の憑坐だ」

 助手席から振り返ってあっさり言ってのける建速が恨めしい。

 神威を使って、自分達が外でも気兼ねせずいられるようにして欲しい――それが、慎也が建速に頼んだことだった。

 我が儘にもほどがある。
 そんな慎也の我が儘を容易いことだとあっさり聞いてしまう建速も建速だ。
 なぜ止めないのだ。
 いい年をした神のくせに。

 こんなことに、神威を使うのは許されるのか。

「敷地内には、結界を敷いた。闇の遣いも入っては来られん。安心しろ」

「そういうことじゃなくて」

「では、何を躊躇う? 俺達の神威を疑うのか?」

「こんなことに神威を使うって、おかしくない? いいの?」

 意外だとでもいうように建速と運転手の葺根が顔を見合わせる。

「美咲、おかしいどころか、国津神達は喜び勇んでいるぞ」

「どうして!?」

「あんたは現世に戻ってから、決して俺達に頼み事をしないだろう? 久久能智や石楠が手伝いを申し出てもちっとも喜んでない。国津神達は傍にいるのに役に立てないともの足りずに嘆いてる。慎也は慎也で国津神達が視界に入るのを嫌がる。せっかく今生で現象しても神代の時のようにあんた達を喜ばせられないのは、国津神達にとっては不幸なんだ」

「……そうなの?」

 それこそが意外だ。
 美咲には、何でもやってもらうことの方が申し訳なかったのに、国津神にはそれが不満だとは。
 だが、神様なのだ。
 してもらうというのは正直気が引ける。
 だからといって、別に国津神達が傍にいるのは嫌ではない。
 傍にいてくれるだけでいいのに、それ以上がしたいとは、美咲にとっては贅沢すぎる。

「時折、その姿が視界に入っても、咲いかけてやるといい。美咲が咲えば、国津神達は喜ぶ。図書館以外で楽しそうにしている美咲を、皆が見たがっている」

「そうです、母上様。楽しんでいらしてください」

 葺根も嬉しそうに告げる。
 彼にしてみても、美咲達を乗せて車を走らせるだけでも喜びなのだろうか――否、きっとそうなのだ。バックミラー越しに見える目元は、いつも上機嫌に見えるのだから。

「行こうよ、美咲さん、俺も今日は国津神が近くにいても許すから」

 慎也が言った途端、光の雨が降ってくる。
 国津神達が喜んでいる証だ。
 美咲は、小さく息をつくと、慎也に頷く。

「やった。じゃあ、早く行こう!!」

 慎也が後部座席のドアを開けて、外に出る。
 そのまま、美咲が降りてくるのを満面の笑みで待つ。

「ご、ごめんね、建速。じゃあ、行ってきます」

「何を謝る。楽しんでこい」

 気にした風もなく咲う建速。
 車外に出ると、まだ八月も半ばだというのに、暑くない。
 日差しは強いが、じり突くような熱を感じない。
 すぐ傍を、爽やかな風が過ぎてゆく。
 そう言えば、今年の夏は過ごしやすかった。
 これも、もしかして国津神のおかげなのだろうか。
 車を振り返れば、建速と葺根が咲っている。
 過保護なほどの扱いを、美咲は申し訳なく思いつつも有難く受け入れることにした。

「行こう、美咲さん」

 慎也が手を伸ばす。
 嬉しそうな慎也を見ていると、自分も彼のために何かしたいと思う。
 だから、差し伸べられた手を握りかえした。
 そうだ。
 今なら、此処でだけは、年の差も立場も気にせず、普通の恋人同士でいてもいいのだ。
 絡めた指先が心地よかった。
 幸せだと感じると、また、光の雨が降ってきた。






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