高天原異聞 ~女神の言伝~

 夜には、約束通り、建速が慎也を連れて来た。

「六時には迎えに来る。外には出るなよ」

 それだけを伝えて、建速はいなくなった。
 一体、普段は何処にいるのだろう。
 そんな疑問も、慎也に嬉しそうに抱きつかれて、中断される。

「ちょ、慎也くん」

「美咲さん、逢いたかった」

 すぐに、優しいキスが降ってくる。

「今日はいいんだよね。建速も言ってたし」

「――」

 そうあからさまに言わないで欲しいが、彼らにそれを求めても無駄なのだろう。

「神威を補えって、建速にも念押しされちゃったし……」

 慎也に触れられるのはいつも嬉しいが、まだ恥ずかしいのが先で素直になれない。
 そんな気持ちも、慎也は気づいているだろう。

「美咲さん、理由付けしないと許してくれないよね」

「――」

 図星を指されて返答できないでいる美咲に、慎也は気にした風もなく笑う。

「そういう美咲さんも大好きだ」

 時間が必要なのだ。
 四月に出逢ったばかりで、もうこんな風になるなんて、美咲にしては異例中の異例だ。
 それでも、慎也が大好きで、触れて欲しいと思う気持ちもある。
 慎也が高校を卒業して、大学生になる頃には、もう少し、自分も素直になれるはず。

「明かりは、消してね」

「了解。今日はゆっくり、優しくするからね」

 明かりが消えて、周囲が闇に包まれる。
 すぐにルームウェアを脱がされてベッドに横たえられる。
 優しいキスを受けながら、美咲は触れる慎也の手に身を任せた。
 言葉通り、優しく触れられて、身体が熱くなる。
 心地よさに、意識が朦朧としてくる。
 そこに、するりと入り込んでくるのは、昨日のような、紅《あか》のイメージ――

「……あぁ……」

 美咲は目に視えない何かが自分を引き込んでいくのを感じた。

 意識が、呑み込まれる……




――愛しい比売。そなたは私の対の命。誰にも渡さぬ――

 執着じみた、真摯な言霊が自分を絡め取る。

 これは誰。
 愛しい方、貴方なのですか。

 何故、何も視えないの。
 どうして、身体が動かないの。

 怖い。
 優しく触れられているのに、怖くて堪らない。
 私に触れるこの手は、貴方の手なのですか。

 私を抱いているのは、本当に貴方なのですか――




「美咲さん?」

 名前を呼ばれて、我に返る。
 先程までの心地よさが消えて、身体が強ばっていた。
 暗がりの中でも、自分を見下ろす慎也の心配そうな表情がわかる。

「どうかした?」

「……何でもないの……ただ、顔が見えなくて、怖くなって……」

「顔が見えないのが、怖いの?」

 慎也が手を伸ばしてベッドサイドのライトをつける。
 明かりを絞った淡い光が、慎也の顔を見せている。

「どう? まだ怖い?」

 恐怖は、急速に退いていった。
 自分のものとは違う訳のわからない恐怖に、美咲自身も戸惑っていた。
 これは、慎也と出逢ったばかりの頃の、触れられた時に感じていた恐怖とも違っていた。
 この恐怖は、もっと幼い、少女のような戦きだった。

「もう、怖くない……」

「よかった」

 慎也が美咲の上からどいて、隣に横たわる。
 そうして美咲を引き寄せて、優しく抱きしめる。
 背中を労るようにさすられ、何だか情けなくなってきた。

「ごめんね。面倒な女で」

「ぜんっぜん面倒なんかじゃないよ。美咲さんにかけられる面倒なら、嬉しいし」

 美咲が顔を上げると、慎也は嬉しそうに笑っていた。
 そのまま覆い被さるように優しいキスが何度も繰り返される。

「わかってるよね。いつでも、美咲さんが大好きなこと。いつだって、俺が欲しがってること。理由も何も要らない。前世も関係ない。今、此処にいて、美咲さんを愛してること」

「慎也くん……」

 心が、震える。

「ん?」

 見下ろす慎也が、現実だ。
 ここで、こうして自分を抱いているのは、自分が愛する人。

「大好き――」

 その言葉に、慎也が一瞬微妙な表情をし、少し困ったように笑う。

「ホンっトに美咲さんってさぁ」

「? な――」

 聞き返す間もなく、慎也が深くくちづける。
 そのまま美咲の足を割って身体を滑り込ませると、探るように美咲の奥へ指を入れた。
 中が十分に濡れているのを確かめると、指が抜かれ、もっと熱いものが入ってくる。

「――っ!!」

 唇が離れると、慎也が短く謝った。

「ごめんね。ゆっくりって言ったけど、できそうもない」

 くちづけながら、深く何度も穿たれる。
 だが、美咲は抗わなかった。
 慎也の背中に腕を回し、しがみついて、応えた。
 苦しいぐらいに幸せだった。

 幸せな何かで、満たされていく。
 これが、神威なのだろうか。

 美咲は、自分の中の不安が遠ざかり、消えていくのを感じた。

 死が、遠ざかっていく。
 貴方が、私を生に留める。
 離さないで。
 もう二度と。

 嬉しいのに、涙が零れた。
 だが、それは幸せな涙だった。

 金色の、光の雨が降る。

 その夜は、日付を越えても光の雨がやむことはなかった。






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