高天原異聞 ~女神の言伝~

 何かが窓を揺らす音で、咲耶比売は目を覚ました。
 辺りは闇に包まれていた。
 時計を見ると、まだ午後の三時過ぎだ。
 何故こんなに暗いのだろう。
 そして、この音は?
 風にしては、強すぎる。
「――」
 咲耶比売は時計とは反対の方向に首を巡らせ、
「!?」
 驚きに目を見張った。
 レースのカーテン越しの大きな窓は、張り付いたように闇に覆われていたのだ。
 それが、今にも窓ガラスを破り、部屋へなだれ込もうとガラスを揺らしていた。
 闇が押し寄せてくる。
 死が押し寄せる。

「……あぁ……」

 恐怖に、咲耶比売はベッドの上で後退った。

「瓊瓊杵様……瓊瓊杵様ぁ――――っ!!」

 愛しい夫の名を呼ぶ。

「咲耶!!」

 結界を越え、入ってきたのは瓊瓊杵だった。

「瓊瓊杵様っ!!」

 咲耶比売は愛しい夫に縋り付く。

「瓊瓊杵様、これは――」

「理が崩れた。幽世の神威が現世を覆い尽くしている。このままでは、現世の青人草は全て死に絶える」

 瓊瓊杵の言霊に、咲耶比売の容から、血の気がひいていく。

「死がやってきます――私を捕らえに」

「渡さぬ。今生では、決してそなたの手を放したりはせぬ。そなたも子供も、この豊葦原も護ってみせる――」

 だが、天津神である瓊瓊杵の神威をもってしても、押し寄せる闇の神威は祓えない。
 何かが、闇に力を与えていた。
 現世はすでに強大な闇の神威で覆われた。
 このままでは、豊葦原は失われてしまう。

「ああ……」

 瓊瓊杵の結界が揺らぐ。
 窓に、亀裂が入った。
 亀裂とともに、耳障りな音がした。
 そして、

「!?」

「きゃあぁぁぁぁ――――――!!」

 窓ガラスが粉々に砕け散り、同時に闇が部屋へとなだれ込んできた。






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