LAST EDEN‐楽園のこども‐

湊和樹と雨と仔猫

「ついてねー」


青蘭中学三年F組、出席番号十七番、湊和樹は、家を出るときに母親の言葉を無視したことを、今さらながらに後悔する。


春の長雨と言えば、小野小町の歌にも詠まれているほどの風情だが、彼の場合、雨の情緒を愉しめる年頃にはまだ少し早い。


髪から滴り落ちる大粒の雨に瞳を細めながら、和樹は舌打ちした。


「今日に限って追試だもんな」


春とは言っても、四月の初旬。体感温度はそれほど高くはない。


実際、肌に落ちる雨はは冷たく、冬と夏を通り過ぎる気まぐれな通り雨は、しだいに強さを増して和樹の横っ面に容赦なく降りつける。

体が急速に冷えていくのを感じて、和樹は走るスピードを上げた。


身長165センチ、体重50キロと、やや細身だが程よく筋肉のついた体は、バスケ部で鍛え上げた自慢の肉体である。


二年の時分からレギュラーの座を死守してきた彼にとって、体調を崩すことなどあってはならない。


ましてや、春の都大会を目前に控えて風邪を引くなど、新入部員にも示しがつかないではないか。


だから、歩けば十分ほどで辿り付ける駅までの距離を、彼は全速力で走り抜けようとした。


だが。

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