恋愛グロッキー
はっきり言って私はこの人の車酔いに何ら関係ない。

私はバスの前列にいて同僚と楽しく過ごしていた。

後列にいたこの人に何ができるというのだ。


「私、何もしてませんけれど」


その一言に茂木さんは凄まじい視線を送ってきた。


「何も…していない…?」


低く言われ、少し怖気づく。


「何もしていない…だと…?」


ここまで凄んで言われると、何かした気になってくるから不思議だ。

しかし負けてはいけない。

私は真実何もしていないのだから。

黙って睨み返すと茂木さんは呆れた様に息を吐いた。


「お前を見ていて気分が悪くなったんだ」


そ、それは。

あんまりだ。
傷つく。


「それはあまりにも失礼じゃ…」

「バスの中で進行方向と逆向きに座りビールとワインをちゃんぽんしながら三時間人生ゲームをやり続けている人間を見続けた俺の気持ちがお前にわかるか」


…え。


ひく、と、唇が引きつった。

バスの最前列で後ろ向きながら人生ゲームをしていた人間。

それはまさに私の事だった。

私は昔からなにかに酔うということを味わったことがない。

酒も、車も、船も。

だから進行方向を全く無視して乗り物の中で読書したりすることができる人間だ。


今回も同僚と三人でバスの移動時間人生ゲームをやろうということになった。

ふたりは前を向いていたので私は向かいあう形で後ろ向きに座った。

そして、結婚もしない、子供もいない、出世もしない、借金はないが儲けも薄いというストイックな人生すごろくに切なくなり、酒を飲みはじめた。

時間にして約三時間ほど。

それ…それをこの人はずっと眺めていたというのか。


……それは。


気持ち悪くもなるかもしれない。


「見なきゃよかったのに……」


ついぼそっと本音を漏らすと、睨まれた。


「そんなこと、お前に言われるまでもなくわかっている」

その剣幕に、はいスミマセンという顔をなんとか繕いながら、わかってないから酔ってるんじゃない、と、納得いかない。
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