密会は婚約指輪を外したあとで
聞き耳を立てていたわけではないけれど、拓馬が『渚』という名前を口にしたので、相手の人が誰か見当がついた。

電話を切った拓馬は私に向き直る。


「ちょっと、出かけることになった」

「いいよ。私が食器洗っておくから。朝ご飯、ごちそうさまでした。……美味しかったです」

「いーえ、昨日の礼みたいなものだし。またいつでも作る」


照れ隠しなのか、私と目を合わさずリビングを出て行こうとする拓馬に、思わず声をかける。


「ねえ、渚さんに会いに行くの?」

「……ああ。“約束”だから」


拓馬は開けかけたドアを止め、抑揚のない声音で答えた。


食器をシンクに置いた私は、微かに痛む胸を押さえる。


彼を引き止める度胸のない私は、今日もまたその痛みと戦わなければいけない。




< 132 / 253 >

この作品をシェア

pagetop