密会は婚約指輪を外したあとで
重苦しい話に相槌も打てず、私は膝の上の指を握り締めた。


「一花はまだ小さくて純粋だから、すぐに母親のことを許した。でも母親は自分を許せなかったんだろうな。そしてその頃、兄貴の不倫が発覚して……、楓さんは娘を置いて出ていったよ」

「え……、一馬さんが、不倫?」


私は聞き間違いかと思って拓馬の横顔を見るけれど、訂正の言葉はない。

あの真面目で優しそうな一馬さんが?

道理で離婚理由を話したがらないわけだ。


「他にも色々離婚の理由はあったと思うけど、それは本人たちにしか分からない。兄貴の不倫は……本気ではなくて、一時の過ちのようなものらしい」


今はもう、その不倫相手との付き合いはないという。


「二人が元に戻れる可能性はなかったの?」

「兄貴は最初、やり直すつもりだったみたいだけど。楓さんは“絶対に元に戻るのは無理”だって……」


切なくて息苦しくなった私は、くちびるを噛み締め目を伏せた。


「一花ちゃんが可哀想だね。大好きなパパとママがそんなことになって。家族がバラバラになるなんて、きっと想像もしてなかったよね」

「そうだな」


短くうなずいた拓馬は、この話は終わりだと言うようにエンジンのスタートボタンを押し、再び車を走らせた。

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