密会は婚約指輪を外したあとで

手渡されたブレザーを羽織りながら、ハルくんは私を振り返る。


「ちなみに。彼女ができたっていうのは嘘だから」

「えっ……。嘘ってどういうこと?」


私は絶句してハルくんに詰め寄った。


「ごめんね。つい、なゆさんが可愛くて」


小首を傾げたハルくんは、全く悪いと思っていない様子で、邪気のない笑顔を作った。


「私……嘘をつかれるの、嫌いだなぁ」

「それ、母さんにも言われたことある」


ややうんざりした表情で小さく息をつく。


「あ。あと、さっきの涙も嘘。全部演技だよ」


当然のように言ったハルくんは、ぺろりと赤い舌を出してみせた。

キスする直前の、小犬みたいなうるうるした涙が、演技だった……?


「私、また騙されたってこと?」


呆然と立ち尽くした状態で私はつぶやく。

彼の涙にほだされて危うくキスするところだった。

もう本当に、騙され過ぎる自分が情けない。


──ということは、私は単にからかわれていただけ?


でも……、最初に見せた涙だけは本物だと信じていたかった。

母親に愛されたいと願う、あの気持ちだけは。


「なゆさん、ほんとに拓馬兄さんで良いの?」


リビングを出て行こうとしていたハルくんが、ふと立ち止まる。
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