飼い犬に手を噛まれまして

 先輩に無理やり腕を掴まれる。


「……痛っ」


 私を助手席に押し込めると、無言のまま素早く車を発進させた郡司先輩。

 うちのマンションとは逆方向に進む。



「先輩、お願いします。下ろしてください……」


 先輩は、薄茶色い瞳を悲しそうに細めた。


「やだよ。俺、茅野に伝えたいことが山ほどあるから」


「私も、先輩に伝えたいこと山ほどあります! だけど、今日じゃなくても……」

 
 前方を見据える整った横顔が少し怖い。郡司先輩が何を考えてるのか、全然わからない。


 車は、大通りをスピードをあげて走る。そして、高層マンションの地下駐車場に吸い込まれるように入っていった。




 



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