飼い犬に手を噛まれまして


 私が好きなのは先輩だけ。ワンコじゃない。先輩だけだ。


 だから、先輩も私だけでいて欲しい。そうだって信じる。


 訊いてみればいいんだ。簡単な事だ。山口エリナさんとは、ただの友だちですよね?


 って、ただその一言で済む。

 よし、訊いてみよう。山口エリナさんとは、ただの友だちですよね?

 友だちなんですよね?


「先輩、家でも仕事してたんですか?」

 あああぁ! 自分に負けた!

 部屋の真ん中の仕事机の上には山積みの資料と乱雑に転がる色鉛筆。

「ああ、会社だと煮詰まってさ」


 それにビタミン剤と栄養ドリンクとゼリー飲料のゴミの惨状。

「また、こんな体に悪そうなものばかり食べてる! ダメですよ! 近くのスーパー行ってきます。夜食作りますから、それまでに仕事終わらせてください」

「わかったよ、水商売じゃなくて肝っ玉母ちゃんみたいだな。ははは」


 むん、と意気込んでゴミをビニール袋に突っ込むと財布を持って部屋を出た。

 会社で知ってる先輩はパーフェクトなくせに自分の生活……とくに食生活には無頓着だ。掃除も洗濯もまとめて週末するらしい。

 お洒落なレストランとか沢山知ってるのに、自分で作るなんてことは考えられないって言ってた。

 この前の休日に、鍋とフライパンと調味料を買っといてよかった。

 男の人って肌荒れとか気にならないのかなぁ? 
 野菜とか食べないと吹き出物できたりするのに! あ、でも、先輩の肌は白くて滑らかで、もの凄く綺麗だけど。


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