真実の永眠
09話 関係
 “恋は、儚い”などと。
 そんな言葉で、片付けてしまってもいいのだろうか。
 だって“恋人”って、お互いに想い合ってそういう関係になるんでしょう。
 訳が、分からない……。





 □ □ □





「え……ほんとに?」
 最近、麻衣ちゃんの状況を聞いている内に、もしかしたらそうなるんじゃないかとは思っていたが、本当にそうなるとは。
 やや想定内ではあったものの、やはり驚きの色を隠せなかった。
 ――何で?




 初めてバレーの試合を観戦した日以来、麻衣ちゃんとの仲は、以前よりずっと深いものになった。
 お互いに恋の相談をし合ったり、遊びに行ったり。プライベートで会う回数は、恐らく他校の親友よりも、麻衣ちゃんの方が圧倒的に多い。
 彼女からの電話も、最近はほぼ毎日のように掛かって来る。言い方は悪いが、私にはそれが日課となっていた。
 今も麻衣ちゃんと、電話中なのです。
 私が驚いている理由とは、たった今麻衣ちゃんから告げられた言葉に対してだった。
 彼氏と別れた。
 麻衣ちゃんは、電話を掛けて来るなり、そう言ったのだ。
「……何で?」
 自分でその言葉を発しておいて、それが何に対してなのかが分からなくなった。
 毎日のように掛かって来ていた彼女からの電話で、最近彼と上手く行っていないと何度も相談されていたので、そう問うには少々野暮であったかも知れないと、瞬時にそう考えたからだ。
 別れるかも知れない……。
 麻衣ちゃん本人もそうなるのではないかと思っていたのか、私にそう漏らした事もあったのだ。
「……理由は?」
 私は質問を変えた。
『……分からない。うちが「何で?」って聞いても、理由教えてくれないし、「話す気もないから連絡しないで」って一方的に電話切られるし……』
 麻衣ちゃんの声色は沈んではいなかったが、納得が出来ない、モヤモヤしている、と言った感じが電話越しに伝わって来た。
(松田さん、どうして……)
 麻衣ちゃんには聞こえないように溜息をついた。
 今までにも彼女のように「彼氏と別れた」と何度も報告や相談をされて来た私にとって、こういった出来事は日常茶飯事ではあったが、別れを言わない別れだけは私も納得が行かず、許せないものだった。
「いきなり別れようって言われたの?」
『うーん、別れ話を最近は毎日のようにしてたけど、思いっ切り「別れよう」って言われたのは昨日が初めて。
 で、何で? って聞くんだけど、理由を言わなくて……。会って話そうって言っても、“無理”の一点張りだし……』
「……じゃあ連絡をすればする程逆効果なのかな……」
 彼の態度を思うと、連絡は控えた方がいいのかと思うが……残された側は「そうだね」と納得など出来る筈がない。
 自分に置き換えてみても、やはりそうだ。
 分かっていても、何を言っても聞く耳持たない彼に問い詰める行為を続けるのは、やはり得策ではないように思えた。
『でもやっぱり、別れるなら理由は言って欲しい……』
「……そうだよね」




 それからも、麻衣ちゃんは彼についてを延々と話し続けていた。
 そういえば、いつだったか理恵ちゃんと遊びに行って、休憩がてら座り込んで話している時、
 ――麻衣ちゃんは同じ事を延々と繰り返し話すから疲れる。
 と、苦笑交じりに愚痴を漏らされた事があったのを思い出す。その時はあまりよく分からなくて曖昧に笑うだけだったけれど。
 ……何となく、分かる気がする。
 そんな事を考えている間にも、彼女はひたすら話し続けていた。
 相槌を打ちながらもその様子に、私は麻衣ちゃんには聞こえないよう心の中だけで苦笑し、彼女の話に耳を傾けていた。
『――雪音ちゃんは、桜井さんと上手く行ってる?』
「え……」
 何だか今は答え辛い質問だった。
 何故なら、今は割りと順調にメールのやり取りをしていて、特に最近ではメールの回数も増えて来ている。
 それを、連絡する事すらも拒否されている彼女に言うのは、何となく躊躇われた。
「どう、なんだろ……? 前よりは仲良くなれたかも知れない」
 麻衣ちゃんが気分を害さないよう控えめに言ったが、
『そっか、なら良かった。付き合えるといいね』
 その口調は、妬みなどの感情を微塵も感じない、心から応援してくれているような、優しい声色だった。
 それには少々安堵感を抱いた。そして、躊躇った自分を恥じた。彼女はそんな事で妬んだりするような子ではないのに……。
 とにかく今は、彼の気持ちを知りたいのだろう。
(……当たり前、だよね……)
「うん……ありがとう」
 麻衣ちゃんの気持ちにいつか応えられるように、そう返事をした。




 電話が終わってからも、私はずっと考えていた。
 9月の今は、残暑の影響もあって未だにまだ暑い。
 けれど、開け放たれた窓から入る風は、夕方位になると涼しくなりとても気持ちがいい。
 さらさらと、長い髪が風で靡く。
 静かに、目を閉じた。
 別れた事実に一番辛い想いをしているのは、間違いなく麻衣ちゃんだ。――当の本人なのだから。
 けれども、その事実は私にだって少なからず衝撃とショックを与えた。
 そうなるかも知れないと分かってはいても、やっぱり別れて欲しくなんかなかった。ずっと続いて欲しかった。
 いつかお互いに分かり合えて、ヨリが戻ったとの報告が聞けたらいい。
 お互いに、幸せな報告が出来たらいい。
 心から、そう思った。
 人はどうして、付き合ったり別れたりを繰り返すのだろう。繰り返せるのだろう。
 例えば付き合いの中で、相手の嫌な所が目に付いて、それがいつしか嫌悪の感情に変わったとしても。
 一度は好きになった人なのだから、誠心誠意尽くすのが礼儀ではないだろうか。どうして人は、それが出来なくなってしまったのだろう。
 付き合っていても別れていても、他人は他人、それは変わらない。
 けれどその中で好きの感情を持ったのだから、その人の中でそれは必然的に特別なものになる。
 たとえ何があっても“――それでも”と思えたら、それはどれだけ素敵な事だろう。どれだけ素敵な恋だろう。
 私と優人、麻衣ちゃんと彼。
 状況や立場、思想はみんな異なるが、しなければならない事は根本的には同じだろう。互いの関係の為に、出来る事は一つだけ。
 そう、一つだけ。
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