真実の永眠
15話 笑顔
「麻衣ちゃん!」
「雪音ちゃん。……久し振り」
「久し振り、だね」
 麻衣ちゃんは、申し訳無さそうな笑顔を、こちらに向けてきた。
 彼と別れてから色々あった麻衣ちゃん。別れてすぐの頃は何度も相談に乗っていたし、何度も同じ事を聞かされた。傍若無人な振る舞いも多々あった為、その行動に正直なところ辟易した事もあった。
 ただ最近は、頻繁にあった連絡も途絶え会う事も無くなっていた。
 彼女の申し訳無さそうな笑顔はそういった行動を思っての事だろう。
 私達は、いつものように最寄の駅・K駅で待ち合わせた。今日は先日電話で話した、バレーの試合観戦をする為に、一時間と少し掛けて、Y市にまで行くのだ。
 そこにある総合体育館とやらで、試合が行われる。どこかの学校の体育館ではないから、きっと広いのだろう。
 優人は私に、気付いてくれるだろうか。優人は試合に、出られるだろうか――……
 期待と不安で高鳴る鼓動。それらを胸に抱きながら、私達は汽車に乗り込んだ。













「わー、広ーい」
 思った通り、今回の会場も広い。
 綺麗とは言い難い建物だが、広いし応援客も以前の試合より少ないので、これは文句無しだ。少ないとは言っても、応援客は充分に溢れ返っているし賑やかである事は今までと変わりはないが。
「あそこに座ろうか」
 麻衣ちゃんが指差したそこは、正面入り口を入って右手にある、人気のない場所だった。因みに応援席は体育館の二階にある。
 私達はそこまで行き腰を下ろすと、準備運動の為適当に散らばってバレーをしているT校のバレー部員に目を向けた。
 優人はどこだろう。キョロキョロと顔を動かして、その姿を探す。
 あ。――いた。しかも、ユニフォームを着ている。
 優人を見付けた瞬間、泣きそうになった。ずっと会いたくて見たかった姿が、今、双眸に映っているのだ。
 会いたくて仕方が無かった。けれどもそれを伝えられる立場に、自分はいない。伝えてしまえば困らせてしまう、とても悲しい立場でしかないのだ。
 けれど今。確かに自分は彼を見つめている。見下ろした先に、彼がいる。
 嬉しさと切なさで胸を締め付けられた。
 私が今日来ている事を、優人は知っている。そう、伝えてあるから。
 ――優人は気付いてくれるだろうか、私がここにいる事を。応援、している事を。
「桜井さん、ユニフォーム着てるから試合出るかもね」
 私の思考をハッと戻したのは、隣にいる麻衣ちゃんの言葉だった。
「うん。試合してる所見るのは初めてだから、凄く嬉しい」
 麻衣ちゃんに向けていた視線を、準備運動をしている優人に向けて、それを見つめながら答えた。



 試合が始まり、バレー部員の応援団並みの声援が始まった。会場は一層騒がしくなる。
 T校と、どこかは分からない学校が試合をしていて、やはりと言うかT校が押している。
 今日の試合が公式試合なのかただの練習試合なのかはよく分からなかったが、練習試合なら恐らくどちらかの学校で試合を行う筈だから、多分、否、間違いなく公式試合なのだろう。
 T校が強いのか、はたまた相手が弱いのか、恐らく両方なのだろうが、点差が激しい。言うまでもなく今のところT校が勝っている。
 それはとても喜ぶべき事なのだが、ここまで観て来た私は、少しだけ不安になった。優人は、試合に出ないのだろうか……。
 ちょくちょく選手交代をしているものの、優人が出る気配は無い。控え選手として並んではいるが、監督に呼ばれてもいないし、そこから動いてもいない。交代で次に出る選手なら、監督に呼ばれ何か動きを見せているから遠目からでも何となく分かるのだが、やはり優人が出る気配は無かった。
 ――優人が試合に出られますように。



 一ゲーム目は予想に反する事なくT校が勝利した。二ゲーム目も勝利する事は分かっていたが素直に喜べない。
「桜井さん、次は出るといいね」
 二ゲーム目が始まるまでの僅かな時間だけでも疲れた足を休ませようと、私達は椅子に腰掛けた。
 麻衣ちゃんの言葉に「うん」と短く返事をした。
 どうしてT校の監督は、優人を試合に出さないのだろう……私はそんな気持ちで溢れていた。



 二ゲーム目が始まって中盤戦に差し掛かった頃、両チーム、選手交代をする素振りを見せた。次に出る選手が優人であるようにと願いながら、私はその様子をじっと見つめていた。すると、優人がその場から動き出し何やら監督と話をしている。
 その時間はほんの僅かなものだったが、それを見ていてもしかしてと期待に胸を高鳴らせた。
 ――次の瞬間。
「――!」
 目を、見開いた。
 頑張って来いと言わんばかりに監督に背中を押され、優人がコートに向かった。
 それとは反対に、コートから出て行く誰だかよく分からない選手と、入れ替わりに手をぱちんと叩き合わせた。
「桜井さん試合出るね。良かったじゃん」
 隣から掛けられたその言葉に、麻衣ちゃんもその様子を見ていたのだと気付く。
「うん……! 良かった……」
 嬉しくて笑顔を見せると、麻衣ちゃんも同じように笑った。
 その勇姿を見ようと、すぐに視線を前に戻す。一瞬視線を逸らす事も、いや、もう瞬きするその一瞬すらも惜しい。手摺りを握る手に、無意識に力が篭もる。
 ネット前にいる同じチームの選手が、点を入れさせまいと必死にブロックするお陰で(?)、なかなか後ろにボールが回らないけれど、それでも何度か相手の打ったボールを優人は返している。
 カッコイイ……。
 普段(――とは言え、試合でしか優人の姿を見ていないが)見ている優人の優しい表情、メールでの可愛らしい話し方、それだけしか知らなかったから初めて優人をカッコイイと思った。
 試合時に見せる、優人の真剣な表情。必死にボールを目で追い、そして打ち返す。
 初めてこんな姿を目にしたものだから、感動と喜びと切なさで胸がいっぱいになり、優人から視線を逸らす事が出来なかった。
 優人。試合、出られたね。優人が今まで頑張って来たからだよ。おめでとう。
 優人の試合をする姿を見つめながら、私は心の中でそう呟いた。



 今回もT校の勝利で試合を終えた。両チームが向かい合わせになり、礼をする。
 勝利したT校の部員は、笑顔で監督の元に駆け寄り、同じく笑顔を張り付かせた監督から、何か言葉を受け取っている。
 圧倒的な強さで勝利を手にしたものだから、やはり監督も嬉しいのだろう。
 それとは対照的な相手チームの面々は、監督から何やら叱咤激励の言葉を受け取っているようだった。
 その様子を黙って見つめていたが、不意に麻衣ちゃんが口を開いた。
「桜井さん、試合に出られて良かったね。試合する姿見るの初めてだよね」
「うん、本当に良かった」
 優人を見つめながら、嬉しくてまた笑った。
 私は麻衣ちゃんの方を向き、ずっと気になっていた事を尋ねてみた。
「……麻衣ちゃんは、松田さんとこの後話したりするの?」
 今日は殆ど松田さんの話を聞かなかった。
 試合中、私達は優人の事ばかりを話していたけれど、本当は麻衣ちゃんが松田さんの事を気にして見ていた事は知っていた。
 優人の事ばかり話すから、逆に気付いてしまったのだ。
「ううん、今日はいい。一応メールはしてるけど、……会うのはいいかな」
「そっか……」
 上手くいっていない訳ではないだろうが、やはり別れていると会い辛くなるものなんだろうか。そんな経験が皆無な私にはその心情が分からなかったが、会わないと言うのなら会わないのだろう。
 短い返事を返しながら、視線を優人に戻すと、そこには、満面の笑みを湛えた優人がいた。その笑顔を見た瞬間、目を、奪われた。
 その笑顔が向いている先はこちらではなく、チームメイトに向けられたものだったけれど。
 嬉しそうに、とても楽しそうに。
 あんな風に笑った顔を見るのは初めてで、真顔でその姿をガン見してしまっていた。
 綺麗な、笑顔。その笑顔には屈託がなく、無邪気で本当に楽しそうで嬉しそうだ。
 試合に出た喜びもあったのだろう。そして、その試合は見事に勝利した。
 おめでとう、優人。













 試合を終え、私達は帰路につく。
 麻衣ちゃんは言っていた通り、松田さんと本当に話さなかった。
 ……いいの? しつこくない程度にそう尋ねたが、「本当にいいから」と笑って言う彼女に、それ以上は言えず結局こうしてここにいる。
 しかし麻衣ちゃん達は、割といい感じになっているらしかった。メールでは以前のように普通に話をしているし、寧ろヨリを戻したのではないかと思うくらいに、仲良くなっていた。
 私達は……?
 何かは、変わっているのだろうか?
 未来に希望はあると思ってもいいのだろうか?
 そんな想いが巡り、溜息をついた。
 先程の優人の姿、笑顔を見て、また遠くに感じてしまった。綺麗な笑顔だと思った。試合中の優人は凄くカッコ良くて。
 自分はいつか、あの隣を歩けるだろうか。それを望んでもいいのだろうか。
 沈んで行く心が表情にも出てしまっていて、険しくなっていた。
 駅までの道中、横を通り過ぎるバスの音でハッと我に返る。どうやら意識がどこかに飛んでしまっていたようだ。
「……今通ったバス、T校のバスだ」
「え?」
 そう言われて顔を上げた先には、確かにT校のバレー部員を乗せたバスが走っていた。
「……何かめちゃくちゃこっち見てない? 中の人。身を乗り出してまで見てる人いるし……」
 呆れて苦笑したような表情と声色で、バスを見つめながら麻衣ちゃんは言った。
「うん……、ふふ」
 その光景が何だか滑稽で、私は思わず笑ってしまった。
 まぁあそこに乗っているのは全員男子だし、他校の女子を見て喜んでいるのだろう。T校は、男子校ではないけれど、もう殆どそんなような学校だから、余計に女子に食い付くのだろう。もしかしたら松田さんが麻衣ちゃんの事を「あれ、元カノ」とでも言ったのかも知れないし。
「桜井さんも、もしかしたら見てたかも知れないよ」
「……え」
 自分を知ってくれたらそれは嬉しいが、身を乗り出してこちらを見ている優人は想像出来ないし、したくもない。
「見てくれたら嬉しいけど……あの中で一緒になって見てる姿は何か嫌だな」
 苦笑交じりに言うと、確かに! と、麻衣ちゃんも笑った。
「桜井さんは興味無さげに座ってて、チラッと見る程度なイメージだよね」
「うんうん」
 その通りだ、私はコクコクと深く頷いた。
 他愛の無い話や恋の話に花を咲かせて駅まで歩く私達。
 それから駅で汽車に乗り、疲れた身体を預け、ユラユラと揺られながら家路を辿った。
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