真実の永眠
17話 風声
 クリスマス一色の街。
 店に入るとクリスマスソングが鳴り響き、外に出ればイルミネーションが街を彩る。
 夜になると光り輝くそれは、幻想的で美しく。
 けれども、何だか切なくもある。









 クリスマスが近いこの時期、ケーキ屋で働く私は、多忙な日々を送っていた。
 クリスマス当日の二週間前からは残業もあり、長時間労働が続いている。残業を聞かされた時、キツイという事は予想の範囲内ではあったが、実際はそれ以上にキツかった。
 お陰で体調を崩し、熱まで出てしまった。
 優れない体調を気遣って、仕事を早めに上がらせて貰おうかと思ったのだが、何とか最後まで頑張った。自分が頑張る事を止めてしまったら、優人に「頑張って」と応援出来なくなる。頑張らずして他人を応援する資格はないと思った。だからまず、自分が一番に頑張らなければ。
 仕事を終え帰宅した私は、すぐに体温計で熱を測った。
 ピピピッと音が鳴り、体温計を見る。
「……三十七・六度。昨日より少し上がってる……」
 しかし、クリスマスまで一週間も無い為、仕事を休む訳にはいかない。
 どうしようか。今日は温かくして早めに寝よう。それに熱が高くなってお風呂に入れなくなる前に、今入っておかなければ。
 そう思い、先に入る事にした。




 湯船に浸かり、ぼーっとする頭で、最近の出来事を思い返していた。
 最近は、本当に疲れている。以前から抱えているストレスに、更に圧力を掛けるように忙しさが増す。
 ゆっくり休みたいのが正直な気持ちだが、ここで甘える訳には行かないし、弱音を吐く訳にも行かなかった。今自分がこうして頑張れているのは、優人の存在があるからだ。優人の頑張っている姿に感化されるように、自分も負けられないって思って。
 頑張ったら少しでも優人に近付ける気がして。どこかで今の努力が報われる気がして。
 そこまで考えて、気が付いた。
 優人は私の支えなんだと。自分を立ち上がらせる力なんだと。――生きる、力なんだと。
 優人が、自分の中でこんなにも大きな存在になっている事に気が付いて、感謝の気持ちが溢れてきた。同時に、悲しみも。
 出会えて本当に良かった。幸せだと思う。こんなに幸せな恋をしたのは初めてだった。相手を慈しみ幸せを与えたい、そう思ったのは初めてだ。
 ありがとう、優人。
 ……しかし。いつかこの感情が、相手に負担になる日が来るのではないか、重さに押し潰されて、困る顔を見る日が、いつか来るのではないか。
 そう思うと、酷く悲しくなった。





 お風呂から上がり、熱があるにも関わらず、私は優人にメールをしようとしていた。
 疲れている時、特にこうして体調までもが悲鳴を上げた時には、優人と話がしたくなる。頑張れって、言って欲しくなる。もっと望むなら、声が、聞きたくなる。
「あ」
 そこでハッとした。
 ――声。
 そうだ、声。
 これまでメールだけしかやり取りをして来なかったので、彼の声を聞いた事が無かった。
 話してみたいとは思っていたが、電話をするという事は考えていなかった。……考えてはいけないと思っていた。彼女がいるから、他の女の子と電話までしたら、浮気と取る人もいる。それに優人は、電話までは承諾してくれないと思ってもいた。
 しかし、一度考え出すと、もうそれしか考えられなくなる。
 私は優人にその旨を伝えるべく、早速メールを送った。熱が先程より上がっているかも知れない事は、この際気にしない。
<こんばんは。今日遠征から戻るんだよね? お疲れ様>
 ……意気地の無い、普通のメール。最初は普通の会話から、がいい。
 部活で県外まで遠征に行くと、この間メールした時に優人は言っていた。今日戻ると言う事も。それを憶えていたので、その話を最初に振ってみた。
 優人からの返事を待っている間に、私はまた熱を測ってみる事にした。
 ……。
 三十七・九度……。
「どうしよう……明日仕事行けるかな……」
 だったら早く休めよ、自分でそう突っ込みを入れるが、流石にこの時間から寝るのは早過ぎるし(まだ十九時半だ)、優人と話す事で頑張れる部分が沢山あるから、今日はどうしても優人と話がしたかった。
 風邪をひいて、気持ちが少し弱くなっているのだろうか……?
 ~♪
「!」
 メールだ、優人からの。
<ありがとう。今遠征から帰って来た>
 時計を見ると、十九時半過ぎを指していた。家に着くのはかなり遅くなってしまうのではと心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
 私はすぐに返信をした。


<広島までだったよね? 遠くまで大変だね>
<うん、でも全国大会は東京まで行くから、広島は近い方かも>
<そうなんだ。練習は大変だけど、色んな所行けるからいいね>
<うん、それはある。疲れるけど楽しい>


 こんなやり取りを暫く続けていたが、私はいつ電話の事を切り出そうかと、ずっとタイミングを見計らっていた。
 どうしよう……言ってもいいのだろうか。
 でも、話したいなら言うしかない。
<楽しいなら良かった。話は変わるんだけど……、あのね、優人と電話で話したいなって思うんだけど、電話とかって大丈夫?>
 打った……!
 打ったはいいが、そのメールを、なかなか送信出来ずにいた。
 どうしよう……こんな事言ってもいいんだろうか。彼女がいるのにここまでしていいのだろうか。彼女を抜きに考えても、優人は電話をする事自体を嫌がらないだろうか。いやもしかしたら、自分と電話する事を嫌がるかも知れない……でも、話したい。でも、どうしよう。
 心の中の、葛藤。
 暫くは電話と睨めっこしていたが、意を決して、文面を変える事無く送信ボタンを押した。
「……押しちゃった……」
 もう、戻れない。
 途中中断ボタンを押そうとも思ったのだが、考えている間にメールは送信されてしまったのだ。
 返事が、怖い。
「――!」
 目の前のテーブルに置いた、開いたままのくの字の携帯電話が、震える。音を、奏でる。
 優人の返事は――早かった。
 だからこそ、見るのが怖い。
 断られたら、立ち直るのにどれだけの日にちを要するのだろう……。
 そんな事を考えながら、緊張して僅かに震える身体を何とか落ち着かせながら、優人からのメールを開いた。
 目を瞑って、メールを開くボタンを押した。もう今、優人の答えが開かれている。けれど、目を開ける勇気が無くて。
 恐る恐る……目を開けた。
「え……」



<うん。別に大丈夫だよ>



 い、いいの……?
 やけにあっさりとしたメール。
 誰からのメールか分かっているのだろうか、ちゃんと意味を理解してくれているのだろうかと、失礼極まりない事を私は考えていた。
<ほんとに?>
 大丈夫と言っているのにこう聞くのは何だか鬱陶しい気がしたが、もし相手が間違えていたのだとして自分は浮かれていたら、それこそ恥ずかしくてもう二度とメールを送れなくなる。
<うん。別にいいよ>
 ほんとにいいんだ……。
 嬉しさに胸が締め付けられた。
 彼女の事は気になったが、二度もいいよって言ってくれているのだから、ここは素直に喜んでもいいのだと判断した。
<ありがとう、嬉しい。いつなら大丈夫?>
 緊張で震えていた身体は、今度は歓喜に震えていた。
<俺はいつでもいいよ>
 ……いつ、でも……?
 これだけでももう、幸せ過ぎて……幸せ過ぎて苦しくなる。
 いつでもいいって……本当にいつでもいいのだろうか。自分の気持ちとしては、出来ればすぐに話したい。少し間を空けて二日後とかにした方がいいのだろうか。それともいきなり明日とかでもいいのだろうか……すぐがいいから明日がいい。いや、……本当は今日がいいけれど。
 でも流石に今日は……。
 遠征から戻ったばかりだから、今日はくたくたに疲れているだろう。今日はゆっくり休みたいだろう。
 私はそこまで考えると、一呼吸置いて、携帯電話のボタンをポチポチと押し始めた。
<じゃあ明日でも大丈夫? 今日は疲れてるから駄目だよね?>
 素直な気持ちを、出来れば今日がいいなって思っている気持ちを、素直に伝える事にした。ここまで話が進んだのなら、今更遠慮する必要はない。
 幾ら優人が純粋と言えども、好きな気持ちが分からない程に鈍感でも馬鹿でもないだろう。
 私は取り敢えず布団の中に入る事にした。体調が優れない時に起き上がっていては、悪化する事は目に見えている。 
 夕飯は、食べられるようなら少しだけ食べよう、そんな事を考えていると、枕元の携帯電話が鳴り出した。
 すぐに音を止めてそれを開く。
<今日でも全然いいよ>
 ――嬉しいっ! そう心の中で呟いて、嬉しさのあまりキュ~っと目を瞑った。しかしそれは一瞬で。
 時計に目をやり、今の時刻が二十時十五分を指している事を確認すると、すぐに返事を返した。
<嬉しい。ありがとう。じゃあ二十一時くらいに掛けてもいい?>
 そう送ると、
<いいよ>
 優人のメールには、そう書かれていた。
 嬉しかった。
 時間になったら電話する事を伝え、<了解>と来た優人の返事を見て、一旦メールを終えた。
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