真実の永眠
24話 世界

-切望-

 四月一日。
 今日は以前から麻衣ちゃんと遊ぶ約束をしていた日。
 私達はいつものようにK駅で待ち合わせ、汽車に乗ってT駅までやって来た。
 到着してすぐは、まだお昼前だったので、駅内のお店を見て回った。
 お昼には、近くのマックに入り簡単に済ませた。
 それから外に出て、商店街を見て回った。私は欲しいものが特になく、結局何も買わないまま店を後にするが、麻衣ちゃんはバッグを買っていた。
 その後はカラオケに行き、二時間程唄った。
 楽しい事は時間が経つのが本当に早く、二時間はあっという間に過ぎていった。私達はカラオケ屋を出ると、行く所もないので適当にぶらぶらする事にした。
 時刻は、十六時前になっていた。
 お昼前に来たのに、時間が経つのは本当に早いものだ。
「松田さんとはいつ会うの?」
 時間を確認する為に取り出した携帯電話をバッグに戻しながら、私は隣を歩く麻衣ちゃんに尋ねた。





 ――時を遡ること、三時間前。
 それは私達が昼食を食べ終えてすぐの事。
「学、今日も部活あるみたいだから、それが終わったら会おうと思うんだ」
 マックから出てすぐの所で、麻衣ちゃんは言った。
「そうなんだ。あ、でも……私その間どうしてようか」
「少ししか話さないと思うから、一緒にいていいよ」
「え、でも……」
 邪魔じゃないかな……。
 どうしようかと考えていると、
「桜井さんも呼んじゃえば? どうせT駅に来ないと帰れないんだから手間もないし。それにバレンタインにしっかりと会ってくれてる訳だし、今日も絶対来てくれるよ」
 麻衣ちゃんの言葉に私は戸惑った。
「ええっ、でもっ! 私が今日ここに来てる事知らないし、いきなり呼ぶのも……」
「問題ないよ。どうせ駅来なきゃいけないんだから」
「……そうだけど」
 それに対し麻衣ちゃんは「でしょ?」と、軽く言った。
 会いたいとは思う。会えたらいいなとはずっと思っていたけれど、しかしそれを行動に起こすつもりはなかった。
 だって、恥ずかしい。恋人でもないのに会いたいなんて言えない。会って欲しいとも言えない。バレンタインの時は贈り物の為に会って貰ったのだ。そして優人もそれを理解していたから来てくれた訳で……。
 しかし、今日は何もない。会う目的は何も。ただ会いたいという感情だけで呼んでもいい関係ではないのだ。
 こういう時(本当はいつもだが)、“恋人”という関係を本当に羨ましく思う。会える会えないは別として、会いたいなら会いたいと言っても自然な事だから――……



 私は、先程の麻衣ちゃんとの会話を思い出していた。
「部活の終わる時間が十六時って言ってたから、もう少ししたら、かな。連絡が取れ次第」
 携帯電話で時間やメールを確認しながら麻衣ちゃんは言った。
「そっか」
 それならば早く駅に戻らなければならない。駅から大分離れてしまっているから。
「雪音ちゃんも早く桜井さん誘っちゃいなよ」
 急ごうと足を踏み出した瞬間に、麻衣ちゃんは言った。
 私は顔をぶんぶんと横に振る。
「む、無理だよ……! 会ってくれないかも知れないし……」
「でも言ってみなきゃ分かんないじゃん! 会ってくれるかも知れないのに、言わなきゃ会えないんだよ!」
「……」
 何も言えない。正論は麻衣ちゃんだから。
 だけど気持ちばかりは理屈じゃない。気持ちばかりは――……。こちらの都合だけで、感情だけで進めてもいい代物ではないだろう。相手の都合も相手の気持ちも考慮しなくてはならない。
 今日の場合は(私の場合は)後者だろう。
 こちらが会いたいと思っていても相手は会いたくないかも知れない。それなのに会いたいなんて言ってしまえば、困らせてしまうだけだ。
 ……そんな事抜かして、本当は自分が傷付きたくないから言えないだけだ。
 平気そうに見えていても、感情をストレートに伝える事が出来ていても、相手の言葉を聞くのはやはり怖いと思うのだ。
 相手の言動で馬鹿みたいに一喜一憂する。今日だってこうして楽しく遊んでいるのに、ショックを受ける言葉など聞いて落ち込みたくもない。
 聞きたくないんだ……。
 ――ごめん。
 なんて。
「……」
 黙り込んだ私につられるように、麻衣ちゃんも口を噤んだ。けれど歩く足はどちらとも止めようとはしなかった。
 私はバッグから携帯電話を取り出して時間を確認する。時刻は部活が終わる丁度十六時を示していた。
 終わると言っても、監督の話や片付けがあるだろうから、十六時ピッタリに、はい帰りましょうという訳には行かないだろう。だからまだ駅には来ない。
 現に今はまだ麻衣ちゃんの携帯電話に、松田さんからの連絡は来ていない。
 私は暫く時間を見つめていたが、やがてゆっくりと携帯電話を閉じ、また元ある場所に仕舞った。
 ――……これでいいのか。
 会ってくれないかも知れないけれど、やはり麻衣ちゃんの言う通り聞いてみなければ分からない。もしかしたらほんの少しでも会ってくれるかも知れない。
 答えを出すのは自分ではない、――優人なのだ。
 後悔は、したくない。
 仕舞い込んだ携帯電話をまたすぐに取り出して開くと、ポチポチとボタンを打ち始めた。
「――麻衣ちゃん、」
「ん?」
 ボタンを押す手は止めずに、そのまま口を開く。
「やっぱり優人、誘ってみる」
 その言葉に、麻衣ちゃんは少しばかり驚いた表情を見せたが、それも一瞬の事で、すぐさまその表情は笑顔に変わった。
「うん、それがいいよ」
 打つ手を一瞬止めて麻衣ちゃんの方を向き、私は「うん」と頷いた。
<部活お疲れ様。実は今日市内に遊びに来てるんだけど、ほんの少しだけでも会えないかな?>
 そう書いて、メールを送信した。
「――会ってくれるといいね」
 私が携帯電話を閉じたのを見て、送信し終わったのを悟ったのだろう。
「……うん」
 少しだけ不安な表情を張り付かせて、それでも笑顔でそう返事をした。



 それから十分程歩いた所で、麻衣ちゃんの携帯電話が鳴った。その音を聞いて反射的に私達は立ち止まる。
 麻衣ちゃんは慌ててバッグをゴソゴソと漁り、音の発信源に漸く辿り着く。
「――ごめん、ちょっと電話出るね」
 そう断ってから、電話に出た。
「もしもし――?」
 松田さんがこうして電話を掛けて来ているという事は、もう部活が終わったという事なんだろう。それならもしかしたら自分にも返信があるかも知れないと携帯電話を開いてみたが、優人からの返信はなかった。
 それに少しだけ肩を落として、隣で電話をしている麻衣ちゃんの様子を見ていた。
「え? ……今? 今は駅にはいないよ。……うん。……駅の近くにはいる。今から駅に戻ろうとしてたとこ。……え?」
 松田さんの声は聞こえないけれど、麻衣ちゃんの様子を見て察するに、きっと今どこにいるのかとか、何をしているのかとかを尋ねられているのだろう。
「……ああ、うん。……え!? マジで?!」
 いきなり大声を出したものだから、驚いて麻衣ちゃんを凝視した。相手の声が聞こえないから、何にそんなに驚いているのかわからない。
「……うん、分かった。今から伝える」
 どうしたの? そんな目を向けていると、麻衣ちゃんは笑みを浮かべながらこちらを向いた。
 ちょっと待ってねと相手に断りを入れてから、携帯電話を少しだけ耳から離し、やはり歓喜の表情を浮かべている。
「?」
 きょとんとした表情で疑問符を浮かべる私に、眼前の彼女は楽しそうに話し始めた。
「桜井さん、「これから雪音さんに会うから」って学に言ったんだって!」
「え……?」
「やっぱり会ってくれるんじゃん! 良かったね~聞いてみて」
 それだけ言うと、麻衣ちゃんはすぐに電話の向こうの相手に話し始めた。
「――あ。ごめんごめん。もしもし? ……うん、……うん。……雪音ちゃん今から駅に向かうよ。……うちも一緒に行くに決まってんじゃん!」
 そんな麻衣ちゃんの言葉を、どこか遠くに聞いていた。
 会ってくれる……優人が? 信じられない。
 これから会うのだという実感が湧かない。メールの返信も未だにない為、会えるのに何故か複雑な気分だった。
 話は良い方向に進んでいるのだけれど、何だか自分だけが取り残されている感じが拭えない。正直、本当に会えるのかと、会ってくれると本当に言っているのかと疑問に思ってしまう。
「――それじゃあね」
 そう言って電話を切った麻衣ちゃんを見据えるようにしながら、徐に口を開いた。
「……え、どうなったの?」
「今二人で駅に向かってるらしいよ。着いたらまた連絡するって。うちらも駅に急ごう」
 そう言って急ぎ足で歩き出す麻衣ちゃんに付いて行く形で、私も歩き出した。
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