真実の永眠
44話 歴史
<明けましておめでとう。今年もよろしくね>
 こんなありきたりなご挨拶と共に、私は広島の地で、新年を迎えた。
 この新年の挨拶は、一番最初に優人に言った。
<おめでとう。こちらこそよろしく>
 今年初めて交わしたメールの相手は、優人だった。
 今年、だけじゃない。そういえば、優人を好きになってこの三年間、一年の一番最初にメールを交わしたのはいつも優人だった。それをふと、思い出した。
 そうか、彼と出会って、もう三年の月日が流れたのか。
 私はふぅ……と息を吐くと、ベッドに仰向けに寝転がった。
 ゆっくりと目を閉じて、この三年間を振り返る。



 優人と出会ったのは、高校二年生になったばかりの春だった。麻衣ちゃんと一緒に観戦したバレーの試合。当時彼はまだ、選手としてゲームに参加はしていなくて、応援席で応援していた。その中で彼を見付け、一目見た瞬間に彼に恋をしていたんだ。
 当時、彼には付き合っている彼女がいた。それを知りながらメールをしている事はやはり彼女には申し訳なく感じていたけれど、彼女の噂は酷いものだった。そんな女の子が優人の彼女だって思うと凄く悲しかったけれど、どんな彼女でも好きだと思う優人の気持ちは理解出来たから、優人にとって幸せな未来が来ればいいと、その時はただそれだけを願っていた。
 彼とメールが出来るだけでも、私は本当に幸せだったから。
 けれど、私の知らぬ間に二人は別れてしまっていた。それを知ったのは、それから二ヶ月後だった。二人が別れてから私達は電話もした。バレンタインデーには二人で会ったりもした。
 最初、彼は手の届かない、空のような人だった。私なんかが恋をしてもいいような、そんな人じゃないと。彼まで、遠くて、ただ遠くて。だから初めて、綺麗になりたいと思った。彼の隣を、いつか自信を持って歩けるように。沢山努力して、「綺麗な人だ」って言って貰いたくて。思って貰いたくて。
 綺麗な瞳をしている優人、綺麗な容姿の優人、綺麗な内面の優人。私も「綺麗な人」になりたかった。だから彼と会えるなんて、彼と話が出来るなんて夢みたいだった。それが、二人で会えるまでになるなんて思いもしなくて、この時はただ嬉しくて幸せだった。
 二人でベンチに座って、隣で話した事もある。
 忘れもしない。忘れられる筈がない。
 どうしても届かなくて、諦めようとした事も何度もあった。泣いた数、苦しんだ数、一体どれだけあったのだろう。だけど、笑った数、喜んだ数も、一体どれだけあったのだろう。
 色んな事があった。
 麻衣ちゃんの元彼、中本さんの家で、思いがけず優人と出会ってしまった事もあった。嬉しかったような、悲しかったような、複雑な想いではあったけれど、それでも会えない日々に比べたら幸せだったのかも知れない。
 どんな悲しかった日々も、辛かった日々も、今はもう、どうだっていいんだ。終わり良ければ全て良しって言える程に楽な道では決してなかったけれど、それでも優人と出会えた事が何より嬉しくて幸せだと思う。
 だからずっと、彼には「ありがとう」の言葉を言い続けたい。
 優人が、ずっと好きだった。それこそもう“ずっと”。
 その気持ちと、今までの嬉しかった思い出達が、どんな辛い日々をも支えてくれていたのだろう。
 大事にして来て本当に良かった、“優人が好き”という気持ち。諦めてしまっていたなら、きっと「あの日」は訪れなかったから。諦め掛けて泣いていた昔の自分に伝えたい。素敵な未来が待っているよって。
 目を、開けた。
 上半身だけを起こし、カーテンを少しだけ開けた。ヒヤリとした冷気が入り込み、身震いする。暗い街を、ただボーッと眺めた。
 私は、大切に、され過ぎていたのかも知れない。
 ふと、そう思った。
 片想いは、辛い。その辛さを、自分が一番知っていると思う。優人だけじゃないんだ、過去にもずっと、片想いをしていた人がいた。
 私の想いは、結局叶う事はなかった。だけどいつも、私は何かに守られているかのように、いつも大切に扱われていたと思う。浮気された、裏切られた、捨てられた、遊ばれた、酷い人だった……と、そんな風に悩んで、何度友達に相談されただろう。その相談を受ける度に思っていた。自分はなんて幸せなんだろうと。
 私の想いを利用されて、弄ばれた事もなければ、裏切られた事だってない。交際経験がないのだから、裏切られる事はないだろうけれど。
 私はみんなから守られて、見えない何かにも守られて。幸せな恋愛が出来ていたんだ。その全てに、私は感謝しなければ。ありがとう。
 三年間の間に、本当に色んな事があって。
 恋をして、愛して、笑って、泣いて、そして笑って。少しずつ、成長した。
 年が明けて、今年の春には私も優人も二十歳になる。その頃はどうなっているだろう。笑っているだろうか、それとも、泣いているだろうか。
 今はまだ分からない、私の未来。勿論、優人も、どんな人の未来も。
 けれど過去は、存在した事実で、確かで、消えないもの。
 振り返る三年の歴史は、優人を想って来た歴史は、尊く、美しいものだった。私はそれが、誇らしい。これからもそんな風でいられるだろうか。汚れる事なく美しい想いで在り続けられるだろうか。どんなに辛い現実を目にしても、私は……、綺麗で美しい日々だったと、先の未来で言えるだろうか。
 ううん、言うんだ。
 きっと、この片想いを振り返る時が来る。私はこの想いを叶えて、“両想い”という現実を必ず見たい。そしていつか「今」を振り返り、きっと笑おう。
 私は再びベッドに横になり、先程少しだけ開けたカーテンの隙間から暗い空を見た。冬は、星が綺麗だ。
 ベッドに寝転がると、窓から見えるものは、空だけになる。
 空だけを映すこの窓から、飛び出せば翼が生まれ、飛んでゆける気がした。抱いた夢を、願いを見つめて、この想いが早く、あなたの幸せになればいい。
 目を、閉じた。


 おめでとう。こちらこそよろしく。


 優人の返事。
 彼にしてみれば、ありきたりな新年の挨拶。ありきたりな言葉を、返しただけ。社交辞令のような、当たり前な挨拶をしているだけなんだ。そんな事、分かっている。
 でも私は、今年一年、優人と私は繋がって行けるんだ。そう思えて嬉しかった。
 だけど、そんな言葉一つ一つを大切にしているのは、きっと、私だけなんだ。
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