恋しても、愛しても、夢は見ないから

case幸

足早に駅の方に向かっていた。


誰かと約束はしていなかった。


もともと一人で映画を観ようと思ってて
海斗に言ったら『俺も』とか言って
ついてきそうだったから言わなかった。


映画は邪魔されず一人で見たいし。


駅前の映画館は少し古びた建物と
マルキューの最上階にある。


マルキューは新しくて綺麗だから
人が多くていつも混んでいた。


その点、少し古びたビルの方は、
潰れるんじゃないかと思うくらいに空いていた。


そして何より、いつでも学割千円だった。


少しくらい古くても映画の内容は一緒なら
安いほうがいいじゃない。


私はチケット売場の人に映画名を伝え、
お財布を開こうとしたら、
その手を横から誰かに制止された。


『おばちゃん、それ二枚にして!』


グレーのブレザーに赤色のネクタイ。
さらにその上に目を向けると癖のある、
でもサラサラな黒髪に切れ長の目の
整った顔があった。


『…っ、幸先輩!?』


ん?となんの悪びれもなく
ニコニコしながら私をちらっと見て
自分の財布から素早く2千円を出して
あっという間にチケットを受け取っていた。


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