あいなきあした
いつも通り大盛りのラーメンを残らずたいらげ、勘定を終えたタイミングで、店の名刺の裏に携帯番号を書いて、黙って差し出した…。
返事は「オレはあくまで音楽でプロになるつもりだから、バイトの時もこの服装や髪型を変える気は無い。夜はリハーサルやライブがあるから、店には立てない。そしてなにより、この世界には少なからず熱狂的なファンで成り立っていて、店に迷惑をかけたくはないから、仕込みの時間だけなら手伝わせてもらう」と。
アキラは飲食経験こそ無かったが、願っても無いパートナーだった。世間話も好まずぽつぽつと喋る程度で、黙々と作業をこなした。
そして、開店前の一番湯で茹でる、まかないの大盛りラーメンをどの客より旨そうに食べた。
たまに
「玉ねぎドカッと、いいっすか?」
などとささやかな要求をまじえながら…。

アキラが暖簾をかかげて
「おつかれーっす」
と帰っていくと、すかさず俺はオーディオの電源を落として、頭のスイッチを切り替える。いささか手前味噌だが、開店を待っている客が待ちきれずもそもそと入ってくる。
本意ではないが、
「つけ中。」「半肉大盛り」「ラーメンめんま」
ラーメン店で食いつけなければ分からないような、暗号のような注文が連呼され、カウンター6席の店がすぐ満席になる。

俺はこの店が好きだ。

恥ずかしながら要領の悪い俺が、まがいなりにも店を切り盛り出来るのは、このキャパによるものだ。実際に種明かしと言ったらなんだが、厨房の上にはホワイトボードがはってあり、注文にマグネットを色分けして各座席に配置することで、オーダーと順番をコントロールしている。麺も自家製麺の四角い極太麺ゆえに、茹で時間が長く、うまく客の出し入れが出来ないため、試行錯誤の末、結局2つのタイマーで3玉ずつ処理することでなんとか解決したくらいだ。
俺は今日のスープが終わりそうになると、行列を伺いに行く…。
ラーメンを頼まれてスープが足りなくなりそうな場合は、客につけそばで良いかと頼み、なるたけ追い返さないようにと努めている。頑固なラーメン屋気取りで居丈高な店にはしたくない。自分がやられて嫌なことは客も嫌なはずだ…。
このとおり、なぜ店がやれるかというような不器用な男が、麺とスープに毎日格闘しているかというのは因果なものである。
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