愛を待つ桜
「結婚おめでとう! ホッとしたわ、兄様」


天真爛漫な笑顔で、静は祝福の声を上げた。
ほぼ1年ぶりの帰国だが、何の憂いもなく幸せそうで、ホッとしたのは家族のほうも同じだった。

静は夏海にサッと近寄り、「こうなると思ってたのよ」とニッコリ微笑む。

夏海が理由を尋ねると、3年前のパーティで聡はピンクの口紅を口元に付けたまま邸内をうろついていたと言うのだ。
そんなだらしない長兄の姿を見たことがない静は、ビックリしてハンカチを差し出したという。


「夏海さんにあって驚いちゃった。だって同じ色の口紅だったんだもの。絶対にそうだった思ってたのに、あんな妙な女と結婚しちゃうし……。でも直感は当たってたのね」


夏海はどう答えていいのか判らず、曖昧に笑い返したのだった。


そこには、もちろん稔夫婦も娘を連れて来ていた。彼らが家族揃って来たのは初めてのことだという。

ふたりの顔を見ていると、情事の声がまざまざと思い出されて……夏海は気恥ずかしくて堪らなくなる。

一方、亮子のほうもいささか居心地が悪そうだ。
無論、聡と夏海があの場にいたことなど知るはずもない。
ただ、家政婦として勤めていた邸の主を「お義父さま」と呼ぶのに、気後れして見える。
一条物産の一社員であった夏海にも、その気持ちは良く判った。


だが、明らかに夏海と違う点もある。

亮子の夫・稔は、終始、妻と義理の娘・絵里を気遣い、寄り添っていたのであった。


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