愛を待つ桜
   ☆


あの日――夏海に、父に話すと伝えた日。

聡は父の帰りを待って、夏海との関係を告げる気でいた。


ところが、成城の実家に戻ると父の書斎には先客がいた。弟の匡が、父と揉めていたのである。

そもそもの原因は、匡がその年の初めに起こした例の不始末だ。それが明らかになれば、匡を後継者として会社に残すのは難しくなる。

父は悩んだ挙げ句、入社試験で目をつけ、密かに匡の花嫁候補として考えていた夏海との縁談を一気に進めた。

父にも匡にも申し訳ないと思う。
だが、夏海は聡にとって運命の相手であった。離れることなど考えられない。すぐにも結婚したい、最愛の女性なのだ。

ふたりが揃っているのならちょうどいい。
纏めて話してしまおうと、聡は書斎の前に立った。



『じゃあお前は、織田くんとは以前からそういう関係だったのか?』

『まあね。そう珍しいことじゃないよ。秘書と遊ぶくらい……』

『しかし、彼女はそういう女性じゃないだろう』

『父さんが古いんだ。今どきの女子大生がどれほど遊んでるか……彼女も例外じゃない』


実光は信じられないように首を振る。
以前から匡が秘書に手を出していることは知っていた。多くの女性と小さなトラブルをしょっちゅう起こしていることも。
だが、夏海だけは無関係だと思っていたのだ。
なのに、彼女も例外ではない、と匡は言う。


『彼女は、キャリアアップを目指してて……セックスは楽しむタイプなんだ。だから、結婚とか言われて困ってるよ。断わりたいって言ってたなぁ。クビにしたりしないよな?』


夏海はすでに縁談を断ってきている。
もう1度考えてくれと言ってあるが、まさか、匡を通して伝えてくるとは思わなかった。
それが事実なら、息子の結婚相手には相応しくないと言わざるを得ない。


まさか、それが三男坊の策略とは思わず、実光は夏海に対する評価を下げたのだった。


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