愛を待つ桜
自分に一切の非はない。そう言わんばかりの夏海の態度に、聡はこれまで以上の怒りを覚える。


「私に対する面当てなら、見当外れもいいところだ。だったらDNA鑑定を受けようじゃないか。私は構わない」

「鑑定は拒否します。あなたは息子とは無関係です」

「なら、そんな当てこすりは不愉快だ!」

「私の本性を問われましたので、お答えしたまでのことです。――それとも、一条先生は女性を弄んで捨てた経験がおありですか?」


正面からキッパリ言い切られ、聡は言葉もなかった。

これほどまで、頭の切れる女だとは思っていなかった。父や弟から夏海は優秀だと聞いてはいたが、聡は夏海の恋する乙女の部分しか知らなかったのだ。

聡は即座に話を切り替え、


「そっちがひと区切りついたら、口述筆記に当たってくれ。速記は?」

「できます」


その後、ふたりは視線を合わすことなく、個人的な会話はそれぞれの思惑で控えた。


所長室に戻り、聡はデスクの椅子に腰掛け……無意識でノートパソコンを開き、すぐに閉じる。ドアの向こうが気になり、どうも集中できない。


(あんな、生意気な女だったとは……)


それは、確かに不愉快な応対ではあった。しかし、打てば響くような夏海の反応に、聡は不思議な心地良さも感じていたのだった。


< 32 / 268 >

この作品をシェア

pagetop