愛を待つ桜
「できればね、結婚してこの家で一緒に暮らしていただけたら。もちろん、新婚当初は新居を建てて、ふたりっきりもいいんですけどね。子供が生まれたら、同居の方が何かと便利でしょう? 長男は家を出てしまっていて、戻る気はないらしいの。次男のお嫁さんには嫌われてしまって。これで、娘が嫁に行けば、私たちも寂しくって」

「いやあ、しかしですな。なんと言いましょうか……。一介の板前の娘なんか、とてもこちらに嫁にやる甲斐性は……お恥ずかしい話ですが」

「その点は心配なさらないでください。お嬢さんやご両親に恥をかかせる様な真似は、決して致しませんから」


実光は力強く宣言した。

これは世間一般でいう玉の輿というものか。
だが、この降って湧いたような縁談に、夏海の両親は及び腰であった。当の夏海ですら目の前がクラクラしている。


「あ、あの……急にそんなことを言われましても。とてもすぐには……」

「ああ、もちろんだ。ゆっくり考えてくれたまえ。無理にとは言わないよ。断わってくれても、君をクビにしたり左遷したりはしないから安心しなさい。君は文句なく優秀だ」

「は、はあ……」


本当だろうか? と夏海が思っても仕方のないところだろう。 
そこに、ドアが開いて話題の常務、一条匡が入ってきた。


「匡……夏海くんのご両親だ。今、話をさせて貰った。お前からも充分に頼んでおきなさい」

「はい。はじめまして、一条匡です。織田くんには、いつもお世話になっています。どうやら、父は彼女の入社当時から目をつけていたらしく、総合職希望の彼女を、わざわざ僕の秘書に手配したくらいです。今までは、正直言って見合いと聞くだけで逃げ回ってましたが、織田くんとなら将来のことを真面目に考えて行きたいと思っています。ご両親にも賛成いただけたらありがたいです。よろしくお願い致します」


練習したみたいなセリフだわ……と、半ば夏海は感心していた。

男性からこんな風に言われたのは初めてのことでドキドキする。
だが、匡の女性関係が脳裏を掠め、とても結婚相手には考えられない夏海であった。


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