愛を待つ桜
悠の父親になってもいい、自分が真面目に働くことは承知のはずだ、夏海の挙げた結婚相手の条件は満たしている、と聡は主張した。

だが、夏海の表情は凍りついたまま、聡との対決姿勢を崩そうとはしなかった。


『何が父親になってもいい、よ。ふざけないで! そのセリフはあなた以外の人間が言えるものよ』

『よほど自信があるんだな。だったら鑑定を受けたらいいだろう』

『断わります』

『本当は、嘘がばれるのが怖いんだろう?』

『あなたが嘘だと思ってる限り、科学でどんな証明がされても、私は嘘つきと呼ばれたままよ』

『どういう意味だ!?』


聡は言葉を切ると気を取り直し、再び夏海の説得を試みる。


『まあ……理由はどうあれ、悠は正式な父親を得ることができる。それのどこが不満なんだ?』

『悠は私の息子よ。あなたには渡さない』

『子供から父親を奪う権利が君にあるのか!?』

『奪ったんじゃない。あなたが捨てたのよ! あなたがあの子にしたことは、私の体を楽しんだ後、さっさと始末しろって言っただけじゃないの』

『私の子供だと判っていれば、死んでもあんなことは言うものか! 全て君のせいだ。母親のエゴで私からあの子を奪ったんだ!』


本業も忘れ、聡は激情に駆られて夏海を罵った。

だが、夏海も負けじと言い返す。

『だったら何!? 真冬にコタツもストーブもなくて、毛布に包まってあの子を抱き締めて温めたわ! あの子を必死で守ったのはこの私よ!』

『頼って来れば良かったんだ。たとえ、私の子じゃなくても、見殺しになどしなかったさ!』

『そうね、帝国ホテルの披露宴会場に、大きなお腹でおめでとうって言いに行けば良かったわね! 生まれるのがもう少し早ければ、自分を捨てた父親の結婚式を見せてあげられたのにっ!』


――抱き合って体を重ねれば、その数時間はえもいわれぬ至福のときとなる。


だがそれ以外の時間は、出口の見えない罵り合いにふたりとも疲れて果てていた。


< 70 / 268 >

この作品をシェア

pagetop