愛を待つ桜
「それを言うな。最初のは結婚ごっこだった。2度目は、生活すらしてない」


聡は夏海の髪を指でクルクル巻き、毛先に口づけながら囁く。

 その投げやりな台詞に、夏海は如月から聞いた言葉を思い出した。


「成田離婚って聞いたわ。奥さんが実家に帰ったって」

「そう言われると、聞こえがいいな。でもちょっと違う。本当は私のほうが逃げたんだ」

「え?」

「とんでもない過ちを犯したと、式の後に気が付いた。旅行は悲惨なものだった。成田に着くなり結婚の取り消しを伝えて姿を消した。後は離婚専門の弁護士に任せて逃げていたら……告訴された。笑えるだろう?」


自虐的に笑う聡に、夏海は胸が切なくなる。
結婚して幸せに暮らしているとばかり思っていた。
だからこそ、彼の妻を羨み、自分たちを捨てた聡を憎んだのに。

夏海は聡の頭をそっと抱き寄せ、


「私からは逃げようと思わない? 入籍したこと、後悔してない?」


自分でも不思議なくらい、柔らかな声だった。
うっかりすると「愛してる」と言いそうになる。

返ってきた聡の言葉も、あまりに素直で優しいものだった。


「3年前、こうしてれば良かったんだ。どうしてすれ違ったんだろう。匡が……」


夏海は、スッと聡の唇に指を当てた。


「もう、その話は止めて。責めるのも責められるのも、もう嫌。抱いて……聡さん」

「夏海……君は私の妻だ」


狭いコーポと違って誰にも遠慮は要らない。
そのままソファの上で、ふたりは一糸纏わぬ姿となり、甘く長い夜を過ごした。

途中、夏海は避妊を思い出したが……。


「必要ないだろう? 妻を抱くのに、そんなものは要らない」


聡の言葉に、夏海はノーと言わなかった。


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