絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
人質としての出会い
 香港……と聞いて特に抱く想いはない。今まで一度も行ったことがなかったし、行きたいと思ったことも特にない。
 その思いは今も昔も変わらず、こんな招待状さえ届かなければ、わざわざ足を運ぶこともなかっただろう。
 ちゃんと日本語訳された、セイ・リュウ様のバースデイパーティの招待状など。
 結婚式の招待状のような封筒に、まさかリュウ様からの誕生日パーティの招待状が入っていると思うはずもなく、開けた時は相当驚いた。書いてあるのは、必要事項だけ。どうやら出欠はとってはくれないようだった。行くわけにはいかないという気持ちと、行かないわけにはいけないという、両極端な事情の間に挟まれて、苦しんでいる時に、解放してくれたのが本人、リュウ様であった。ご丁寧に、わざわざ本人が電話で出欠を確認してきたのである。ここで、行かない、などとどうして言えようか。
 彼は終始澄んだ声で、静かに喋っていた。そういえばそんな語り口調だったなと、思い出しながら話を素直に聞くしかない。
『どうでしょう。是非あなたに来て頂きたいのです』
 その優しい声に、多分、この人にこうまで言われて断る人などいないだろう。
「……あ、ええ……、大丈夫です。仕事は……休みを取るようにしていますから」
 まだ休日申請はしていないが、かなり厳しい状態になっても、休む以外に方法はない。
『ああ、そうでしたか。それは有難い』
 少し笑んだ声が聞こえる。
『前日、使いの者が迎えにあがります。それでこちらにお越しください』
「……はい……」
『ビップルームを用意しておきます。楽しみにしていてください』
「あ……ありがとうごさいます」
 その、優遇扱いをどういう風に受ければよいのか考えながら話をしていて、「阿佐子は来るんですか?」という一番重要なことを聞き忘れた。
 ことの始まりは、半年前に及ぶ。
 警視庁総監の娘である幼馴染の阿佐子に、ぜひ会わせたい人がいると老舗料亭に食事に誘われ、そこで紹介されたのが想い人、セイ・リュウ様であった。中国人だということも、男性だということも忘れるほど透き通るような綺麗な人だった。背中の真ん中まである長いつややかな髪の毛が印象的で、黒のスーツの前をはだけているだけで、目を逸らさねばならないような色気を感じた。
 その、たった一度の食事会で「出会った印に」と軽く頂いたのが、限定物のBMWであった。しかも、駐車場付き。恐ろしいほどの手厚い扱いに、最初はしどろもどろしていたが、ちょうど車がほしかったし、そのままにしておくのももったいないし、通勤に使うことにした。
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