絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

一年の区切り

「桜を見に行こう」
 この、今しがた寺山と話し込み、最高に疲れている今日に限ってこの人は言い出す。
「……どうしても行きたいんですか?」
「実は明日からまた忙しくなりそうだから、その前に少し話をしたいなと思って」
「……分かりました」
 どうして私はこのレイジの誘いを断れないんだろうといつも思う。
 最初からそうだ。ユーリとの3人でのルームシェアを始めてからちょうど一年になるが、強引で傲慢で、自分勝手限りない。リビングで同じソファに座っていると、断りもなく太ももに頭を乗せてくるし、おやすみの頬へのキスもいつも無断だ。こちらとしては、町を歩けば確実に騒がれる超有名ロックスターだけに、気を遣い、未だにその雰囲気に慣れることはない。
 寺山のしつこさに比べたらレイジの方がかなり上をいっていることは間違いない。そもそも、ルームシェアの提案も、自分の彼女がいながらタダで住まわせてやるとばかりの強引さだった。だが、レイジの方がさらりとしている、というか、清潔感がある、というか、どうでもいい、というか、とにかく相手が真剣に誘ってきていたとしてもそれに気づかないふりをして明るく振り払えるのである。
 いつか彼はそれで「傷ついている……少しね」と確か言った。
 しばらくの間はそれを解消しなければと思うには思ったが、そんなこと、最近では既に忘れていた。
 たまにソファでうたた寝をしていると、こちらが寝ぼけているのをいいことに、抱きしめてきたりする。それも慣れた。その慣れがきっと彼にはよくなかったのだろう。
 香月は彼を傷つけていることを深く考えてはいなかった。それくらいタフな人だと勝手に思い込み、いいように考えてきたのである。
 彼にすればこの一年間、どうだっただろう。
 それを少し聞いてみたい気はする。
「もう桜、散ったね」
 愛車のフェラーリの運転席で真っ直ぐ前を見つめるレイジは、メイン道路の桜並木を見ながら最初の一言を呟いた。
 あぁ、何かが終わろうとしているのだと気づいた。
 いつもの彼ではない。
「あれ? 桜見に行くって、もう散ってるじゃないですか」
 4月も終わりを迎える今頃になって、何を思ったのだろう。
「うん……」
「そういえば、テレビでも言ってましたね、散ったって。全然見てなかったなあ……」
 レイジはまだ黙っている。こちらが、ちゃんと話をするのを待っているのかもしれない。
「いつか、レイジさんの船から見た海……あの時、雪が降ればもっと綺麗なのにって話したの、覚えてます?」
「うん、覚えてるよ」
「見ました?」
「いや、今年は見てない。いつだったか、ずっと前には見たことはあるよ」
「素敵でしょうね」
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