時は今
(──忍?)
曲の途中でそっと人が出て行くのを四季は気づいていた。
この曲は最後まで聴いていたいけれど──。
最後まで聴くことが出来なかった忍の方が気になった。
(ごめん、由貴。涼ちゃん)
音楽室を出る。忍の姿を探し始めた。
(──何処に行ったんだろう)
階下には忍らしい姿は見つからなかった。
音楽室は4階。
となると──。
(屋上?)
四季は階段を上り、屋上へのドアを開けた。
風が吹き抜ける──。
澄んだ空が広がっていた。四季はあたりを見回す。ここにも忍らしい姿はない。
と──。
「──由貴?」
あらぬ方から声がした。校舎のいちばん高い場所にある鐘の方からである。
四季は驚いて見上げる。忍だ。声を投げた。
「何でそんなところにいるの」
「……」
「降りてきて」
忍は夢遊病者のように手すりに立った。四季は緊張して息をのむ。落ちたらひとたまりもない高さだ。
「忍、やめて」
「──由貴じゃないの?」
忍は小首を傾げて訊いた。感情を何処かに置き忘れてきてしまったような表情。
答え方を間違えると、忍を失ってしまうのだろうか。笑えない。
忍は由貴なのかと聞いているが──。
四季は覚悟を決めると答えを選んだ。
「由貴じゃない」
「……」
忍の表情に何処か安堵の色が広がった。
「…ほんとに?」
四季は頷く。
忍は何を思ったのか、ふわりと手すりから飛んだ。四季は心臓が止まるかと思ったが、普通の落ち方ではなかった。忍の身体は羽毛か何かのようにゆっくりと降りてきて、四季の前に立った。
「──忍」
忍はひどく疲れた表情で虚ろに四季を見た。
「ここに由貴は来ない?」
由貴が来ることをどこか恐れているような様子だった。四季は静かに答える。
「来ないよ」
「…そう」
ふらりと忍の身体がバランスを失う。そのまま四季の腕の中に倒れ込んだ。