三日月の下、君に恋した
16.絵が描けるまで



 公園のいつものベンチに、彼は座っていた。


 あたたかそうなウールのコートにハンチング帽をかぶり、帽子と同じブルーグレーのマフラーを首に巻いている。膝の上にはスケッチブックを広げていた。


 菜生が近づくと彼はすぐに気づいて、にっこり笑った。

「よかった。もう来てくれないかと思いました」


 菜生は緊張して羽鳥克彦の前に立つと、丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。私、気づかなくて……」

 そのまま顔を上げることができない。

「ほんとうに失礼なことをしたと思っています。今日ここに来るのも、身の程知らずだと承知しています。だけど、どうしても──社長に、直接謝りたかったんです」


「謝る必要はありませんよ」

 菜生はそろそろと顔を上げた。いつもと同じ、おだやかな笑顔が向けられていた。


「むしろ、謝罪しなければならないのは私のほうだ。甥が──専務があなたにずいぶん失礼なことを言ったようだね。申し訳なかった。お互いに素性を知らなかったのだとさんざん説明したのだが、信じてもらえなくてね。あれは少々思いこみの激しいところがあって」
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