三日月の下、君に恋した
 迷ったのだ。

 方角を変えて歩き出す。しばらくして立ち止まる。またもとの方角にもどったり、歩いてきた道を引き返したり。何度も行き先を変えて、森の中をさまよう。

 やがて疲れたのか、樹の根に腰を下ろしてしまった。


 もうすぐ日が暮れる。


 夜になったら、人間は歩けない。


 彼がめざしている場所が三日月の森であることはわかっていた。だけど、ここは三日月の森じゃない。
 このちっぽけな森を抜け、山を越え、海を渡り、川をさかのぼり、何日も何日も歩き続けないと、三日月の森へはたどり着けない。


 空から光が消えていく。夜が来る。この森の住人は誰も彼を助けられない。


 私がノスリならよかったのに。


 そうすれば、あの空高くに舞い上がって、彼の進むべき道を探すことができる。この世界のすべてを見下ろして、三日月の森へ行くためのいちばん近い道を、彼に教えることができるのに。

 でも、私はノスリじゃなかった。


 夜の森に棲む小さなアカネズミだった。
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