三日月の下、君に恋した
 航の長い指が菜生の頬にふれた。その指に、菜生は自分の手を重ねた。重ねると、自分の手の冷たさがよくわかる。

「寒い?」

 枕に頬を押しつけたまま、菜生は首を振った。見つめ合うと胸が痛くなった。


 航の手が菜生の手の下からすべり落ち、そのまま菜生の背中にまわる。抱きよせられて広い胸の中におさまると、彼の鼓動が伝わってきた。


 夢の中で聞いた、夜の森の声が耳の奥によみがえる。


 あのとき、菜生はとるにたらない小さなアカネズミだったけれど、自分がここに生きているというただそれだけのことが、森を──森の中の彼を支えているのだと知って、うれしかった。ほんとうに、うれしかった。

 あの森が現実とつながっているのだとしたら、今ここにいる菜生の存在も、彼を支えているのだろうか。


──だったらいいのに。


 菜生は彼の背中に両手をまわして、ぎゅっと抱きしめた。

 触発されたみたいに、ふたりの鼓動が同時に激しくなった。


 気がつくと、菜生の体は仰向けにされて航の下になっていた。

 情欲に翳った彼の瞳が、菜生の気持ちを確かめようとしている。

 何度も体を重ねたのに、菜生はまだ彼を求める気持ちがあふれてくることに驚いた。体がどうにかなってしまったんじゃないかと思う。


 菜生が必死に押し隠そうとする熱を帯びた感情を、航はたやすく見抜いた。唇が重なる。

「菜生」

 耳もとでささやかれた低い声が、ふたたび甘美な夢へと誘った。
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