三日月の下、君に恋した
 航は答えられず、膝の上で組んだ両手に力をこめた。

「それに、彼には絵など必要ないよ。葛城リョウがいるだけで、広告としては十分効果的だ。そうは思わないかね?」

「それは……確かにそうですが……しかし本人が」

「いずれにしても、この件は専務に任せてある。彼の指示に従ってくれとしか、私には言いようがないんだ」

 羽鳥はおだやかな声で続けた。

「あのふたりがどうしてもと頼むから、君と会うことを承知したんだ。だけど、私に話したところで状況は変わらないよ。君には申しわけないと思うけど」


 噴水のそばで戯れる年齢の違うふたりの女性に、羽鳥はあたたかいまなざしを向けている。

 今の自分がどんな顔をしていようと、彼の目には平凡な社員のひとりにしか映っていないのだと思った。ここにいる男は、やはりただの老人ではなく、ハトリの代表者なのだ。


 会えば、運命が音をたてるとでも思っていたのだろうか。


 思っていたのだとしたら、お笑いだ。


 航は立ち上がろうとした。

 もはや自分とは無関係の男に──社長に無礼を詫びて、早々に立ち去ろうと思った。


「絵描きだったという過去は、そんなに不名誉ですか」


 なのに口から出たのは、自分自身も予期せぬ言葉だった。
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