三日月の下、君に恋した
 航が会社に来なくなってから3日目の水曜日に、菜生は専務室に呼ばれた。


「きみは彼の正体を知っていたのか」


 あの塵ひとつ落ちていない清潔な部屋で、梶専務が凍りつくように冷たい声で言ったとき、菜生は何のことだかさっぱりわからなかった。


 菜生が部屋の扉の近くでびくびくしながら立っていると、梶専務は苛立った表情を見せて正面のデスクから立ち上がり、手にしていた本を菜生に突きつけた。

「早瀬航は経歴詐称により解雇した」

 菜生は耳を疑った。今なんて言った?

「彼は鱗灯舎の代表取締役だ。正直に答えなさい。きみは彼の正体を知っていたのか」


 言葉が、わっと礫になって頭の中に落ちてきた。


 菜生の手は知らぬ間に本を受け取っていた。

 見たことも聞いたこともないタイトルだった。小説じゃなかった。よくあるビジネス書の類に思えた。

 ページを開こうとしたら、指が震えてうまくいかない。乱暴な手が伸びてきて、菜生から本を奪った。梶専務がいらいらしたようにページをめくり、菜生の目の前に押しつけた。


 奥付に印刷されている発行所は、株式会社鱗灯舎。


 発行者の名前は、早瀬航だった。
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