三日月の下、君に恋した
菜生の知らない場所で、菜生の知らない人たちと仕事をしている彼が、ほんとうの早瀬航なのだと思った。
心の整理はつけたつもりだったけれど、やはり複雑な気持ちだった。
「失礼ですが、文筆業の方ですか」
車が走り出してしばらくすると、松田がハンドルを握りながら話しかけてきた。
菜生が後部座席で慌てて否定するのを、バックミラーの中の顔が意外そうに見る。
「そうですか。葛城先生と親しくされているようでしたので、てっきりそうかと。ああ、ひょっとして学生時代のご友人ですか」
菜生がまた否定すると、松田はふしぎそうな顔をした。
「あの、早瀬さんの実家というと、ご両親が住んでいらっしゃるんですよね?」
菜生は、松田がこれ以上自分について質問をする前に話題を変えようと思った。無難な質問をしたつもりだったのに、松田の表情が一瞬くもり、伏し目がちになった。
「早瀬の両親は二人とも既に他界しておりますので……今は誰も住んでいませんね。葛城先生とは、時々そこで会っているらしいんですが」
菜生は驚きを隠せず、言葉に詰まりながら「そうだったんですか」と言った。
「ご病気で亡くなられたのでしょうか」
「いいえ。事故です。早瀬の父親はわが社の創業者でした。十三年前になります」
心の整理はつけたつもりだったけれど、やはり複雑な気持ちだった。
「失礼ですが、文筆業の方ですか」
車が走り出してしばらくすると、松田がハンドルを握りながら話しかけてきた。
菜生が後部座席で慌てて否定するのを、バックミラーの中の顔が意外そうに見る。
「そうですか。葛城先生と親しくされているようでしたので、てっきりそうかと。ああ、ひょっとして学生時代のご友人ですか」
菜生がまた否定すると、松田はふしぎそうな顔をした。
「あの、早瀬さんの実家というと、ご両親が住んでいらっしゃるんですよね?」
菜生は、松田がこれ以上自分について質問をする前に話題を変えようと思った。無難な質問をしたつもりだったのに、松田の表情が一瞬くもり、伏し目がちになった。
「早瀬の両親は二人とも既に他界しておりますので……今は誰も住んでいませんね。葛城先生とは、時々そこで会っているらしいんですが」
菜生は驚きを隠せず、言葉に詰まりながら「そうだったんですか」と言った。
「ご病気で亡くなられたのでしょうか」
「いいえ。事故です。早瀬の父親はわが社の創業者でした。十三年前になります」