三日月の下、君に恋した
 彩られていたのは、深い青と緑の混ざり合った、あの色だった。


 言葉にならない叫びが菜生の全身を貫き、鼓動が速まるのを感じた。


 描かれているのは、どこかの風景だったり、人物だったり、花や果物などの静物だったりと、さまざまだった。何を描いたのかわからない、抽象画のようなものもある。

 使われている画材も、タッチも、まったく統一されていない。バラバラだった。


 それでも、これがすべて、同じ人の手によるものだということがわかる。

 どこかおそろしいような、懐かしいような、深みのある青い色。この色を生み出す人物を、菜生はひとりだけ知っていた。


 だけど、この絵を描いたのは、彼じゃない──。


「俺はどーでもいーんだけど」と、葛城リョウが言った。

「あいつはこれを処分しようとしてるみたいだから。その前にあんたに見せておこうと思って──おい」


 隙間もないほど埋めつくされ、積み重ねられた無数のキャンバス。棚に並んだスケッチブックと画材の数々。まるで、このせまい部屋に、世界をひとつ押しこめるように。


 そしてその世界は、この部屋に閉じこめられたまま、消えていく運命だったのだ。


 誰の目にも触れることなく、触れることを許されずに。


「……泣いてんのか」


 ずっと、声が聞こえている。


 揺れるように重なり合い、震えながら、渦を描いてさざめく無数の声。

 言葉さえ届かない深い闇の底で。限りない細胞がひしめく体の中心で。

 過去も現在も、そして未来も、永遠に終わることなく、続く。
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