三日月の下、君に恋した
 いや待て。

 ここに来ることは伝えてある。そしてここで葛城リョウと会うことも。


 ふいに、三十分ほど前の出来事がよみがえった。

 リョウにかかってきた電話──あれは、松田からのものじゃなかったのか?


 何となく嫌な感じがして、航は帰り道を急いだ。

 玄関の引き戸を勢いよく開ける。リョウが帰ってくると思って鍵はかけていない。

 靴がない。まだ帰っていないのかもしれない。

 携帯に残っている着信履歴は、ほんの十分ほど前のものだった。


 いったいどこへ行ったんだ?


「おかえり」

 廊下を抜けて、庭に通じる縁側のある和室に入りかけたところで、声をかけられた。ぎょっとして見ると、奥の廊下の暗がりにリョウが立っていた。


「……そんなところで、何してるんだ?」

 笑っているような怒っているような、見分けのつかない不思議な顔をして、リョウは航を見た。

「別に、何もしてねーよ」


「さっき電話しただろ」

「え? あー……そういえばしたっけ」

「何だったんだ?」

「えーっと」

 リョウが目をそらす。しばらく考えこむようなそぶりをして、「おまえ、このままでいーのか?」と言った。

「……何が」

「このまま、何も話さないままで、ほんとにいーのか?」
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