三日月の下、君に恋した
 大股で部屋を横切り、リョウを押しのけて廊下の奥を見た。強い光を見た直後で、視界がかすむ。じっと暗がりに目をこらして、ようやく、東の洋間のドアが開いていることに気づいた。


 突き抜けるような焦りが思考を壊して、考えるよりも先に足が動いていた。


 キャンバスで埋めつくされた部屋の中の、わずかな隙間に身を縮めるようにして、菜生が立っていた。

 航を見つめる大きく見開かれた目に、あふれそうなくらい涙をためて。


「……ごめんなさい」


 小さな声で菜生が言った。足もとに、くずれ落ちたキャンバスが数枚、散乱していた。青い絵の具を何度も塗り重ねた、キャンバスの数々。

「俺が呼んだんだよ」


 背後でリョウが言った。

「彼女が悪いんじゃない」

 そんなことはわかってる。

「俺は帰るから。じゃあな」


 リョウの気配が遠ざかってもまだ、心も頭も混乱したままで、言葉が浮かび上がってこない。まるで、青い色の沈黙に塗りこめられてしまったみたいだった。
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