三日月の下、君に恋した
 菜生は自分の認めたくない本心に気づいて、ますますみじめな気持ちになった。


 忘れられないことくらい、わかっていたのだ。どうやったって、あの夜のことを忘れることはできない。


 そして彼にも、忘れてほしくなどなかった。


 食堂の手前で、菜生は自然に足を止めた。


 忘れるなんて、ありえるのだろうか?


 あのとき、彼が何度も名前を呼んだのをおぼえている。

 たった一度しか名乗らなかったのに、彼はちゃんとおぼえていて、菜生の耳や首に唇をおしあてながら何度も呼んだ。そのたびに菜生の深いところが反応して彼を包みこみ、さらに奥深くへと誘うのを知っているように。


 忘れたふりを、された?


 それは、菜生が受け入れられないほど残酷で冷たい仕打ちだった。たぶん、彼自身が想像しているよりもずっと深く、菜生は傷ついていた。

 それこそが彼の本意だったとしたら、効果は絶大だ。
< 30 / 246 >

この作品をシェア

pagetop