三日月の下、君に恋した
 あの本──『三日月の森へ』は、菜生を夢中にさせただけでなく、新しい自由な世界へつながる秘密の通路でもあった。


 図書室の本などではなく、自分の本として手元におきたくて、おこづかいを貯めて街の中心にある大きな書店まで買いに出かけた。

 けれど、『三日月の森へ』はとうに絶版になっていて、手に入れることはできなくなっていた。


 がっかりして、図書室の本を何度も借りて、家に持ち帰ってくりかえし読んだ。そうしているうちに、ページの最後に作者の住所が記載されていることに気づいた。


 菜生は何か月もかけて手紙を書き、青い封筒に入れてその住所に送った。

 一週間後に返事が来た。

 菜生は何度も手紙を書いた。そのたびに、かならず返事が来た。


 そうやって始まった文通は、菜生が十四歳の夏まで続いた。

 その頃の菜生が抱えていた複雑で屈折した思いは、心の中に溜めこむにつれて、菜生自身がどうしていいかわからなくなるほど重苦しいものになっていた。

 どうしてか、両親にも先生にも友達にも話せなかったいろんなことを、手紙には素直に書くことができた。
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