三日月の下、君に恋した
 彼はそう言って、部屋の中央にある黒い革張りのソファセットに座るよう、菜生をうながした。

「いいえ……」

 菜生はソファに腰をおろし、体と一緒に心まで深く沈みこむ気持ちで彼の言葉を待った。


「きみに、どうしてもお礼が言いたかったのでね」

「お礼、ですか?」

「伯父の相手をしてくれて。あの人はすっかりきみのことを気に入ってるみたいでね」

「社長が……?」


 梶専務は冷たい視線で菜生を見下ろし、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「この前も、退院したばかりで外出はよくないと止めたんだが、どうしてもあの公園に行きたいと言ってきかないものだから。まさかきみのような若い子と逢い引きしていたなんて、私も驚いたよ」


 菜生はぽかんとした。

「あの……何のお話ですか?」


「あのね、今さらそんな芝居をしなくてもいいんだよ。きみがうちの社員だとわかって、やっと納得がいった。最初からそういうつもりだったんだろう? まあ、こちらも無視するわけにはいかないし、それなりの待遇はさせてもらうよ。そのかわり、このことは他言無用でたのむよ。特に社内では」
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