琥珀色の誘惑 ―王国編―
ラシード王子とライラの結婚は、舞の希望を叶えるために止むを得ず認めたことだ。

本音を言えば、穢れた娘を弟の第一夫人になどしたくはなかった。コーランを守るミシュアル王子にとって、苦渋の決断である。

舞はライラを庇い、たった一度のこと、と言う。だが、問題はその一度だ。自ら捧げた純潔に回数や人数は関係ない……その思いはまだ、ミシュアル王子の中にくすぶっている。

マッダーフを更迭する好機でもなければ、許すことは出来なかっただろう。


「舞、私たちが夫婦となったのはたったの一度だ。しかし、千夜に匹敵する一夜であった。お前はどうだ?」


舞を追うのを止め、泉の中央で立ち止まる。そんなミシュアル王子の真剣さが伝わったのか、舞は身を翻して彼の許に戻って来た。


「わたしもそうよ。アルってば、ライラのことを気にしてるの? ライラの経験なんて、カウントするのもバカバカしい相手との一回じゃない」

「その馬鹿な相手を選んだのはライラだ」

「それは、そうだけど……でも、わたしたちと比べるのはおかしいと思う。それとも、アルはわたしとライラを比べたいの?」


ハッとして舞の顔を覗き込んだ。

どうやら言葉を間違えたらしい。ライラを選んだラシードに対する苛立ちを、舞は別の意味に捉えたようだ。


ミシュアル王子は両腕で舞の体を包み込むように抱くと、自分の体に引き寄せた。


「勘違い致すな。ライラなど、お前と並べて評する価値のない女だ。――舞、約束を破るかも知れぬ。許せ」


大きく水面が波立ち、二人の吐息が重なった。


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