初恋タイムスリップ(成海side)
急いで、グラウンドに走って、ジャージに着替えた。
「すみません!」
俺は、先生に謝って、部活に合流した。
「お!成海。アップから始めろよ!」
「はい!」
俺はひとり遅れてアップから始めた。
ふと、校舎2階の音楽室を見上げると、窓際のグランドピアノの前に
桜木が立っていて、
こっちを見ていた。
そういえば、練習の前もグラウンドを眺めていたよな。
俺は部活中、
音楽室の桜木が誰を見ているのかで、
頭がいっぱいだった。
夕方になって部活が終わり、篤志と片付けをしていた。
「そういえばさあ、成海がなんで指揮者なんだよ。
あんな、面倒くせーの」
篤志がバッグからスポーツタオルを出しながらそう言った。
「なんでって・・
正直に理由言ったら、お前馬鹿にするから言わねー」
桜木に近づきたいからなんて言ったら、
篤志、爆笑しそうだからな。
「馬鹿にしねーよ。
言えって。
あ。俺、わかった。
お前、あの伴奏の桜木に近づくためだろ」
・・・・・なっ!!
「あははははっ!!!
当たったか!!やっぱな!
お前、バレバレなんだよ。
なんか最近、窓際の桜木ばっか見てんな~って
俺、気づいてたからさ~」
俺は、無造作に、タオルをバッグに入れた。
「絶対誰にも言うなよ!」
そう言った俺に、さらに篤志は爆笑した。
「あ~でもなんかわかる。
桜木って、暗い女かと思ってたけど、
ピアノ弾いてんの見たら、ちょっと見直したっていうか、
かわいい~~って・・おい。おいっ!!
もごももごもごご!!」
俺は、
篤志の首にかかっていたスポーツタオルで、
篤志の口をぐっと抑えた。
お前が、かわいいって言うな!
桜木が音楽室からお前を見ていたかもしれねーし。
く・・くっそ!!
「桜木のことをかわいいって言えるのは、
俺だけなんだよ!!」
俺はタオルを離した。
篤志は、そんな俺の姿を見て呆気にとられていた。
「ほ・・本気っすか?」
「本気だよ!本気で何が悪い!」
俺は、即答した。
「・・ごめん。からかい過ぎた。
そっか・・
成海に好きな女ができるなんて初めてだな」
篤志は、笑うのをやめて、真剣に言ってきた。
普段へらへらしている篤志が、真面目な言葉を言うと、
なんだかちょっと、照れくさい。
幼稚園からの親友の篤志。
篤志にしか言えない、こんなこと。
「桜木を知ってから、俺、おかしいんだ。
なんか・・余裕がないっていうか。
自分がこんなに、小さい男だとは思わなかったよ」
俺たちは、バッグを肩から下げて、
グラウンドからロータリーへと続く階段を昇った。