万年樹の旅人

 ユナはいまだ覚めきらぬ夢に、茫然と空を見上げる。

 今まで見ていた獣の夢は、しっかりと自分がそこに在った。ユナという肉体と、ユナという意識は夢の中でも確立していたが、最近の夢は違った。ユナという一人の人間の意識は皆無であり、また意識はジェスだった。一抹の疑いもなく。本来の夢は、きっとそうなのだろう。だが、こうも毎日毎日見るようになれば、誰だって不安になる。目が覚めても、どちらが夢で、どちらが現実なのか境目が曖昧になるときがあった。

 そうして意識が覚醒しきれないまま、屋根に上って星や月を眺めるのだ。夜の冷たい空気、りぃんりん、と聞こえてくる虫の声に、やがて自分という存在を取り戻す。

 ――ああ、自分はジェスじゃない。ユナだ、と。

 だが、安堵すると同時に落胆もある。凛然と、まっすぐ先を見据えることのできるジェスではないのだ。彼ならば、きっと瑣末な、と笑って見過ごすだろう事柄でも、うじうじと悩んで俯くことしかできないユナ、という弱虫のほうなのだと。

 以前、獣との夢を見ていたときは、短くても三日に一度くらいの間隔だった。だが最近は毎日だ。夜、床についてから朝日の眩しさで目を覚ます、ということはごく稀だった。そのほとんどが、今日みたいに夢の途中、ふと我に返るかのように目覚め、夜空を眺める。

 だからか、日々の眠りはとても浅い。家畜の餌やりに出ているとき、菜園の水遣りに出ているとき、ふと眠気が襲う。また学舎で居眠りすることも、多くなった。

 揶揄と嘲笑、学舎に行くたびに惨めな思いになる。そのとき、ジェスならばこの思いをどうやってやり過ごすのだろう、と思わずにいられない。嘲弄に慣れるなど、この先いくら待ってもこないような絶望を覚える。外見が他者と違うというだけで邪険にされたとき、ジェスはどういう思いでいただろうか。どう対応していただろうか。思い出せば思い出すほど、ジェスを憧憬せずにはいられない。
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